2009年12月14日(月)10:00〜15:00頃、大阪市の吉祥寺(きっしょうじ)で『義士祭』が行なわれる。吉祥寺は、赤穂藩藩主浅野家の祈願所であり、赤穂四十七士の墓がある。創建当時の住職・縦鎌師が赤穂藩主・浅野主匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)と親しい間柄だったことから、大坂での祈願所となった。長矩は江戸参勤の途中には必ず吉祥寺立ち寄って休息したという。赤穂浪士切腹後、足軽・寺坂吉右衛門が46士の遺髪、遺爪、鎖帷子(くさりかたびら)などの遺品に銀10両を添えて義士の冥福を祈る碑を建ててくれるよう吉祥寺に依頼し、赤穂浪士ゆかりの寺となった。『義士祭』では式典の後、武道・和太鼓・津軽三味線の奉納、こども47義士時代行列(吉祥寺→大阪府庁→大阪城天守閣→大阪市庁(バス移動)→四天王寺付近→吉祥寺)がある。義士そばの振る舞いも実施(11:00〜15:00頃)。寺坂吉右衛門は赤穂四十七士のなかで唯一、83歳まで生き延びた人物。吉良邸討ち入り後、泉岳寺への途中に隊列を離脱したとも、初めから討ち入りに参加しなかったともいわれている伝説の人。義士の遺族に討ち入りの仔細を伝え、その後の相談に乗り、墓を建立するのが彼の役目であったなら、幕府の目から遠い大坂に四十七士の墓を築こうとしたのは当然ともいえる。実際に泉岳寺よりも早く吉祥寺には四十七士の墓が誕生している。
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大阪市の吉祥寺で『義士祭』
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