豊川稲荷は「日本三大稲荷」に数えられ、正式名称は曹洞宗妙厳寺という。1441(嘉吉元)年に東海義易禅師が妙厳寺を建立した際に、鎮守として豊川だき尼真天(豊川稲荷)を祀ったのが始まり。その後、今川義元、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などの武将の信仰を集めた。総門は総ケヤキ造り銅板葺きの堂々たるもので、奥の院には、人々の願いが込められた千本幟(のぼり)が林立している。「いなり寿司のルーツ」ともいわれ門前にいなり寿司の店が並ぶ。
『東海道中膝栗毛』の中で、弥次さん喜多さんがキツネに化かされたという松並木。旧東海道御油宿から赤坂宿の間は600mにわたって松の大木が立ち並んでいる。この松は1604(慶長9)年から11年の歳月をかけて650本のクロマツを徳川幕府の道路対策として徳川家康の命を受けた奉行の大久保石見守長安が植えたもの。藩政時代には幕府によって厳しく管理されていた。現在、東海道は県道374号(長沢国府線)となっており、街道時代の幅員のままだが生活道路(大型車両の通行は禁止)として車の往来も多く、排気ガスによる松の枯れ死が問題となっている。1752(宝暦2)年の記録では667本あった松は、御油松並木愛護会の尽力があるものの、平成13年度の調査では287本に減少している。
東海道の宿場町、御油(ごゆ)宿は、街道時代には本陣・脇本陣を含め62軒の旅籠が軒を連ねていた大宿。江戸から76里4丁と日本橋からちょうど400kmの場所に位置していた。現在も御油町には、昔ながらの街並みが残されており、旧東海道をのんびりと散策することができる。とくに観光地ではないので訪れる人も少ないが醤油蔵などが残され雰囲気もなかなか。御油宿の赤坂宿寄り(名古屋寄り)には松並木も残されている。また新居の関所での関所改めと浜名湖の渡船を避けた姫街道(本坂峠を越えて三ヶ日に至る本坂道)も御油で分岐し見附宿に至った。その追分(分岐)には、常夜灯と「秋葉山三尺坊大権現道」という標石が立っている。
東海道御油宿の羽川のたもとに位置する「御油の松並木資料館」は、御油宿、赤坂宿の歴史や御油の松並木について紹介、解説する資料館。地元に残る貴重な資料など100点余が展示されている。また、街道時代の御油・赤坂を実際の1000分の1のジオラマ模型で展示。街道を行き交う人もリアルに再現され興味深い。日常生活に使用された民具、伝馬朱印状などの公文書、江戸時代の離縁状「三下り半(みくだりはん)」なども展示している。
東海道で唯一現存し、現役で営業する旅籠(はたご)「大橋屋」(街道時代の屋号は「伊右エ門鯉屋」)が残るのが赤坂宿。大火後の1733年(享保18年)時点で83軒の旅籠があったが、大橋屋は大旅籠に属する部類。間口23間、奥行き9間の「大橋屋」は、現在も旅館を経営しているが、入口に簡単なみやげ物を置いているので、買い物がてらに見学することも可能だ。建物は1716(正徳6)年頃の建築で2階には遊女の部屋も残されている。赤坂宿は江戸から36番目の宿場で、関川神社境内には、芭蕉の「夏の月御油より出でて赤坂や」の句も立っている。赤坂宿と御油宿の近さ(徒歩15分)を詠ったもので、ふたつの宿場が近いこともあって客引き合戦が繰り広げられた。
蒲郡市の美しい海岸を利用して造られた、海をテーマにしたレクリエーション施設。中心施設の「ラグナマリーナ」は、中部地区最大のマリーナとなる予定。ショッピングモール「ラグーナフェスティバルマーケット」、さまざまなアトラクションがあるテーマパーク「ラグナシア」、三河湾一望の高さ65mの大観覧車、温泉「ラグーナの湯」、タラソテラピー施設「テルムマランラグーナ」を併設。
三河湾国定公園屈指の景勝地が蒲郡沖にある竹島。387mの橋で陸と結ばれている。島には65科238種の暖地性植物が繁茂し国の天然記念物に指定されている。周囲620mの島を一周する遊歩道も用意され、「竹島八景」を歩いて楽しむこともできる。常夜灯が設置された岩棚は名古屋城建設の際に石垣用の石を切り出した跡地。開運や安産に御利益がある八百富神社に参拝するのもお忘れなく。昭和7年に名古屋の繊維問屋、滝信四郎氏が橋を寄贈するまでは船で渡っていた竹島は、今も橋を渡るだけで俗界と隔てられた異空間がある。
伊良湖岬は渥美半島の先端、伊良湖水道に突き出した岬。先端には「日本の灯台50選」にも選ばれる、白亜の灯台が建っている。灯台の初点灯は昭和4年で、伊良湖水道は潮流が速く、暗礁が続く航海の難所、伊勢湾、三河湾の入口でもあることから、付近を行き交う船の航行に重要な役目を果たしてきた。灯台内の見学は不可だが、灯台の周囲には遊歩道が整備され、灯台を間近に見ることができる。遊歩道からは三島由紀夫の『潮騒』の舞台として知られる神島を眺望する。
太平洋の荒波の浸食により、中央にぽっかりと穴があいた日出の石門(ひいのせきもん)は、伊良湖岬の東に位置し、沖の石門と岸の石門の2つがある。その名の通り日の出の時には美しいシルエットを見ることができ、初日の出の名所としても知られる。また、伊良湖岬から浜名湖まで東に続く砂浜、約70kmの海岸線を片浜十三里と呼ぶ。石門付近の眺望は実に素晴らしく、また砂浜はアカウミガメの産卵地でもある。
伊良湖岬灯台から日出の石門(ひいのせきもん)まで、太平洋岸に続く約1kmの美しい砂浜で、「日本の渚百選」にも選定。三島由紀夫の『潮騒』の舞台、神島を眺望し、雄大な太平洋の潮騒の音は「日本の音風景百選」にも選ばれている。島崎藤村の『椰子の実』(詩集『落梅集』に収録)に書かれたヤシの流れついたのが、恋路ヶ浜といわれ、民俗学者の柳田國男が伊良湖滞在中にヤシの実が流れ付くのを3度も見たという事をモチーフに作られた。付近は渡り鳥の中継地としても知られ、バードウォッチングにも最適。











