津軽半島の陸奥湾沿いに位置する蓬田村(よもぎたむら)。村営の日帰り入浴施設がふれあいセンターだ。ナトリウム-塩化物・強塩泉の温泉は、切り傷、日焼け、慢性皮膚病などに効果がある。男女別の大浴場には超音波バイブラバス、打たせ湯、サウナ、薬湯などが完備。薬湯には、蓬田村にちなんだヨモギなど数種の薬草をブレンド。疲れがとれると好評だ。食堂も併設し、ラーメンなどの軽食が可能。
太宰治(本名津島修治)の父、大地主だった津島源右衛門が明治40年に建てた入母屋造りの豪邸を記念館として再生させたもの。太宰も明治42年にこの建物で津島家の6男として生まれた。建物は津島家が手放した後、近年まで旅館として使われていたが平成10年に記念館となった。館内は、太宰の誕生当時のままに復元し、調度なども当時の様子を再現している。米蔵に至るまで青森ヒバを使った贅沢な建物は必見。
岩木川の河口に位置する湖で、海水と淡水が入り混じった周囲30km、最大深度1.5mの汽水湖。ヤマトシジミの産地として名高く、湖畔にはシジミ料理の食堂が並ぶほか、初夏から夏にかけてはシジミ狩りで大いに賑わう。海と湖は細長い砂州によって隔てられているが、中世(12世紀〜15世紀頃)には「三津七湊(さんしんしちそう)」に数えられた北国第一の港湾都市(十三湊)があった場所で幕府はもちろん、海外との交易もあった。
龍飛崎の先端へとのびる国道339号。道は最後に車道から階段となり海岸へと下るが、なんとその階段にも国道の表示が。これが全国唯一の「階段国道」。総延長388mの歩行者専用の国道で今では観光名所となっている。もともと村道だったものが県道、国道へと昇格したもの。なぜ国道になったのかは、担当の役人が書類上で国道昇格を決定し、現地を知らなかったから。国道表示の横でぜひ記念撮影を。
総延長53.85kmで世界一長い海底鉄道トンネルの青函トンネル。構想から50年、着工から24年という歳月を費やした国の巨大プロジェクトだ。その青函トンネルの歴史と工事の概要を紹介する記念館で、ケーブルカーを使って海面下140mにある体験坑道に降りることもできる。実際の作業に使われた作業坑道で、本物の工事機械も展示。ちょっぴり地底探検の気分も味わえる。
津軽半島の突端に位置する岬で、太宰治はその形状を「あとは海にころげ落ちるばかりだ」と表現した(『津軽』より)。山並みがいきなり海に落ちる突端が龍飛崎で高台には龍飛埼灯台が建っている。岬一帯は風力発電の風車も回る龍飛ウインドパークになっている。「ここは本州の袋小路だ。読者も銘記せよ」と記した太宰治の文学碑は海岸線にある。
龍が飛ぶような強い風が吹くことが地名の由来の龍飛崎。年間の平均風速はなんと10mという強風ゾーンだ。この強風に着目した東北電力が、岬の高台に高さ30mの風力発電の風車10基を設置。さらに通産省の外郭団体NEDOが高さ38mのの風車1基を設置し、合わせて2000戸の家庭の年間発電量をカバーしている。龍飛ウインドパーク展示館ではエコでクリーンな風力発電の仕組みを解説している。
太宰治の生誕地として知られる五所川原市金木町にある自然公園。芦野湖を中心に桜と松林が広がる園内には津軽鉄道も乗り入れ、太宰治文学碑や歴史民俗資料館などがあるほか、ふれあい広場や児童動物園、浮き橋や吊り橋などの施設も揃っている。休日には家族連れでなごめる場所だ。とくに4月下旬から5月上旬にかけては、ソメイヨシノ1900本、オオヤマザクラ200本、シダレザクラ100本などの桜が見事で、桜のトンネルを抜ける津軽鉄道や湖に映る花の姿は風情がある。「さくら名所100選」にも選ばれている。
史実では岩手県衣川で最期を遂げた源義経だが、津軽海峡を渡り北海道へ落ち延びたという『義経北行伝説』も残っている。龍飛崎付近の青森県三厩(みんまや)にはその北行伝説を裏付けるかのように、義経にまつわる史跡が多く、義経寺もそのひとつ。義経が龍飛崎を渡る際、荒れ狂う海を観音像に祈りをささげて鎮めたという伝説もそのひとつ。観音像は、小さな銀の仏像で、義経が海を渡って500年後、円空がこの地を訪れた際に、観音菩薩像を彫ってこの義経の観音像を納め、お堂を建てて祀ったと伝えられている。

