江戸時代、利根川水運の川湊、物資の集散地として栄えた商都・佐原(さわら)。水郷地帯からとれる良質な米と水により、酒、味噌、醤油などの醸造業も盛んであった。町の中心部を流れる小野川沿いには、今も古い商家や民家が軒を連ねる往時の町並みが保存されている。「関東の柳川」といわれる川沿いでは、千本格子の店舗や土蔵造りの建物、高瀬舟の船着場である「だし」など、風情たっぷりの町並みを眺めることができる。佐原を縦断する小野川には手漕ぎの和船タイプの遊覧船も運航されている(町おこしを担う「ぶれきめら」が運航)。町なみコース(所要時間30分〜40分)が大人1200円、小人600円、大利根コース(所要時間40分〜60分)が大人1300円、小人700円。
銚子半島南端の傾斜地に、碁盤目状の町割がされた外川(とかわ)漁港。江戸初期に紀州(きしゅう)和歌山の漁民、崎山次郎右衛門が移り住み、湊を造って新しいイワシ漁がもたらされて以来、「干鰯(ほしか)景気」といわれるほどイワシ漁で繁栄した。最盛期には「外川千軒大繁盛」とうたわれた。現在はイワシ不漁のため、沖合漁業に変貌したが、石畳の坂道が続く港町は、NHKの朝の連続ドラマ『澪つくし』の舞台にもなっており、沖釣り客も訪れる。
中世以来、成田山新勝寺(しんしょうじ)の門前町として栄えた場所。年間1200万人もの参詣者を集める門前町は、今も活気に満ちている。なかでも新勝寺仁王門へと続く表参道(成田街道)は、江戸時代の信仰の道で、また参勤交代における房総の諸大名の往還路でもあった。石畳の参道沿いには、木造の旅館や料理屋、みやげ物店も軒を連ねており、栗蒸し羊羹や鉄砲漬、1845(弘化2)年創業の団子屋など、みやげ選びにもこと欠かない。
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