芸予諸島北部、大三島(おおみしま)宮浦港の東に位置する大山祇(おおやまづみ)神社。創建の歴史は古く、神話の時代、神武天皇の東征に先駆けて芸予海峡の要衝である御島(みしま=大三島)を神地として鎮祭した、とも伝わるが定かではない。祭神は大山積神(オオヤマヅミノオオカミ)で、全国の三島神社の総本社。伊予の一宮、延喜式内社として、古くから朝廷や武将からの信仰もあつく、現在でも山の神、海の神として多くの参拝客を集める。宝物館には、斉明天皇奉納と伝わる直径26.8cmの白銅円鏡「禽獣葡萄鏡(きんじゅうぶどうきょう)」や、源頼朝奉納の鎧など、国宝8点をはじめ、重要文化財も多数展示されている。また本殿、拝殿、宝篋印塔(ほうきょういんとう)は国の重要文化財。大山祇神社のクスノキ群は、国の天然記念物。
和霊神社は、宇和10万石の領主となった初代・伊達秀宗が家老に抜擢した、山家清兵衛(やんべせいべえ)が祭神。清兵衛は創成期に藩政の確立に尽くした人物だが、反対派によって暗殺され、その霊を慰めるために祀ったのが始まり。中国・四国地方で産業の神として崇められている和霊信仰の総本山で、7月23・24日に行なわれる和霊大祭で名高い。川向かいには和霊公園があり、石造の大鳥居は日本一ともいわれる。
中世以降、山岳仏教の道場として栄えた四国の霊峰・石鎚山。開山は役小角(えんのおづぬ、役行者)といわれ、空海(弘法大師)もこの山で修行したと伝わる霊山。富士山、御岳山などと並び、日本七霊山のひとつに数えられている。石鎚神社とは、山自体を御神体とし、石鎚山頂にある頂上社、石鎚スカイライン終点に位置する土小屋遙拝殿、石鎚登山ロープウェイ近くの中宮・成就社、そして麓・西田にある本社の4つを総称したもの。祭神は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冊尊(いざなみのみこと)の第二子である石鎚毘古尊(いしづちひこのみこと)。皇族や武将の信仰も厚く、1610(慶長15)年には豊臣秀頼が成就社を造営、現在の成就社は昭和57年に再建された。かつての神仏混淆の思想が残り「なんまいだんぼー」と唱える参詣者が多い。山開きは7月1〜10日。
道後温泉にある伊佐爾波(いさにわ)神社は、神功皇后伝説も残る古社で、『延喜式』にも登場の式内社のひとつ。のちの1073(延久5)年、伊予八社八幡宮のひとつとして再建されたという。現在の社殿は松山3代藩主松平定長(さだなが)が、江戸城での流鏑馬(やぶさめ)の成功を感謝し、1664(寛文4)年から3年の歳月をかけて建て替えたもの。京都の石清水八幡宮を模した八幡造で、屋根は檜皮葺き、正面と向拝の柱には金箔など細部にわたって装飾が施され、華麗な桃山時代の様式を伝える。また随所に仏教建築の意匠も見られ、社殿ほか申殿、楼門などが、国の重要文化財に指定されている。

