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国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された内子町の八日市・護国地区にある商家。桟瓦葺き木造2階建て大壁造りの建物は芳我弥三右衛門(晒蝋の量産製法である伊予式箱晒し法を考案し内子発展の基礎を築いた人物)が明治17年に建てたもので国の重要文化財。三右衛門の編み出した製法により木蝋の生産量は飛躍的に増大、芳我家は木蝋の生産と海外輸出で財を成し町いちばんの豪商となる。見学できるのは外観のみだが、漆喰を使った懸魚(げぎょ)や2階の随所に施された波頭文様の鏝絵(こてえ)など、贅を尽くした意匠は必見だ。

内子町は、江戸後期から明治にかけて、和紙と木蝋製造で繁栄した町。当時の面影をとどめる八日市・護国地区の商家群は、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。大村家は、雑貨商と農業、染物、生糸製造、切手等販売へと生業を変え、堅実な暮らしを守ってきた商家で、1800年頃(寛政年間)築の建物は国の重要文化財。桟瓦葺き木造2階建て、漆喰の大壁造りに虫籠窓(むしこまど)を設けた内子の伝統的な町家の姿をとどめている。

明治34年、大洲商業銀行本店として建てられた和洋折衷の建物。外壁はイギリス積みの赤レンガで寄棟造り瓦葺きの屋根をのせている。館内には、大洲の特産品の展示販売コーナー、喫茶「赤れんが」、「なつかしのシネマコレクション」、「鉄道模型スチームエンジンコレクション」がある。冬期を除きおおず赤煉瓦館を起点に人力車も運行されている。おはなはん通り、明治の家並み、臥龍山荘を巡回し、臥龍山荘観覧料込みで大人1500円、小人1000円。

西予市宇和町の卯之町に明治15年に建てられた学校で、現存する西日本最古の擬洋風学校建築として国の重要文化財に指定されている。その前身は学制発布の明治5年に造られた郷校の「申義堂」で、宇和の人々の教育熱心さと豊かな文化を反映したものだ。白壁にアーチ型の窓、ガラスは舶来品など、まさに開明学校は宇和町の文明開化のシンボルで、開校時には遠来の見学者も多かったという。館内には、明治時代から現代に至る教育資料6000点が収蔵展示されている。

内子座は、大正5年に建てられた劇場で、道後温泉本館と並び、愛媛を代表する建物だ。木造2階建てで、左右に切り妻の瓦屋根をのせた櫓が張り出し、正面の大屋根には呼び出しの太鼓が据えられている。昭和60年に、大正期の姿に復元され、現在も劇場として、文楽や芝居など年80回越える公演が行なわれている。芝居など公演時を除いて、館内を見学することができる。

江戸時代後半から明治にかけ蝋商として財を成した本芳我家の分家のひとつ。建物は、木蝋隆盛期の明治27年に建てられたもので、国の重要文化財に指定されている。展示棟では、木蝋の生産を模型や映像でわかりやすく紹介している。坪庭を取り囲むように母屋、仕舞部屋、離れなどが建ち並び、回廊で結すぶという造りで、贅を尽くした離れ座敷など、往時の隆盛と、蝋商の暮らしぶりがわかる。

元庄屋の鳥居門に隣接する宇和先哲記念館と道を挟んだ向かい側、中町通りの入り口に位置する元見屋酒店。「弐百年蔵」とうたうように、仕込蔵は安政年間、前蔵は寛政年間に建てられたもので、200年もの長きに渡り、造り酒屋を営んでいる。当地独特の「ひじ」や半蔀が見られる典型的な町屋の暖簾をくぐると、右手にあるのが帳場。高い天窓から差し込む光を頼りに、番頭さんが大福帳をつけていたのだろう。試飲も可能で、3年以上熟成させた古酒などが味わえる。

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