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武田信玄が定めた、甲府五山を巡礼


平成19年のNHK大河ドラマ『風林火山』。井上靖原作の同名の時代小説を、ドラマ化したもの。武田晴信(=信玄、市川亀治郎)は、仏教にも傾倒し、鎌倉や京に倣って府中(現在の甲府)とその近隣に五山と呼ばれる5つの禅寺(長禅寺・東光寺・能成寺・円光院・法泉寺)を定める。禅宗を崇拝した信玄は、その治世にも禅宗の教えを反映させた。観光寺院ではない禅宗らしい質素な寺が多いので、のんびりと探勝するには絶好。ただし、観光寺院でないことに配慮し、マナーを守って入山を。拝観時には志納を。

長禅寺
信玄の母、風吹ジュン演じる大井夫人の墓がある


甲府五山の筆頭にあげられる名刹が長禅寺。信玄(市川亀治郎)は幼い頃、大井夫人(風吹ジュン)に連れられ甲府の躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)からわざわざ鮎沢(現・南アルプス市)の長禅寺(現在は古長禅寺と称する)に参禅し、住職・岐秀元伯(ぎしゅうげんぱく)から学問や兵法を学んだ。大井夫人は中巨摩郡の上野城(椿城)に生まれている。城主・大井信達と信玄の父・信虎(仲代達也)の間の和平のために政略結婚させられたのだ。上野城に近い長禅寺(現・古長禅寺)は夢窓疎石開山の名刹で、住職・岐秀元伯は大井夫人が尾張からわざわざ招いた名僧。大井夫人の墓は鮎沢(古長禅寺)にあったが、1552(天文21)年に信玄が躑躅ヶ崎館に近い地に墓と寺を移したのが、五山筆頭の長禅寺だ。

東光寺
頼重は和議の後、この寺に幽閉される


大河ドラマ『風林火山』のなかで悲劇のヒロインのように描かれているのが、由布姫(柴本幸)。諏訪の領主で、信玄(市川亀治郎)の妹・禰禰(桜井幸子)の夫・諏訪頼重(小日向文世)の娘で、諏訪家滅亡後、信玄は側室とする。諏訪頼重は、信玄の妹・禰禰を正室に迎え、同盟関係を築くが、関東管領・上杉が佐久出兵の折りに信玄を裏切り、降伏を余儀なくされる。諏訪から府中(甲府)へと移送された諏訪頼重は、東光寺に幽閉される。

能成寺
昭和61年に再建された能成寺の本堂


信玄(市川亀治郎)の父・信虎(仲代達也)の曽祖父である武田信守が貞和年間(1345〜1349年)に開き、菩提寺としたのが臨済宗の能成寺(のうじょうじ)。もともとは八代郡(現・笛吹市)にあり、甲府五山となって府中に移った。信玄の時代には現在の東青沼(現・甲府市宝町)にあったが、甲府城の建設にともなって現在地に移転した。これは、近世の城郭のセオリーで、防御的な場所に寺を配置したもの。昭和20年の甲府大空襲で伽藍を焼失し、今ある堂宇は近年の再建だ。

法泉寺
鐘楼門は1637(寛永14)年建築の門で甲府市の文化財


足利尊氏に仕え、尊氏の信任を得て尊氏の姪を妻とした武田信武の開山。信武は、信玄から数えて9代前になる。信玄は先祖ゆかりの法泉寺を甲府五山のひとつに加えて、手厚く保護し、伽藍を整備した。天目山で自刃した信玄の四男・勝頼(由布姫との間に産まれた)の葬儀は京都の妙心寺で行なわれたが、葬儀に参列した法泉寺の快岳禅師が武田家が帰依した妙心寺の南化和尚の力を借りて、勝頼の首級(歯髪ともいわれている)をもらい受け、法泉寺境内に埋葬。

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