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武田信玄を継いだ武田勝頼、天目山で自刃!


平成19年のNHK大河ドラマ『風林火山』。井上靖原作の同名の時代小説を、ドラマ化したもの。源氏や鎌倉幕府とも密接な関係にあった甲斐には数多くの古刹があるが、その古刹も戦国の荒波にのみこまれてゆく。京上洛途中に織田・徳川の連合軍を敗り、三河(現・愛知県)まで侵入した武田軍だが、信玄が病死し、戦況は一転する。石高の多い豊かな濃尾平野を抱える織田軍の反攻にあい、信玄を継いだ勝頼(母は諏訪御料人=井上靖の『風林火山』では由布姫。平成19年のNHK大河ドラマ『風林火山』では柴本幸が演じている)は、長篠の合戦で敗北。織田軍への寝返りも多くなり、新府城を諦め、甲斐国人・小山田信茂の居城である岩殿城(現・山梨県大月市)を目ざすが、小山田信茂までも織田方に寝返り、天目山で自刃となる。

恵林寺山門
心頭を滅却すればの言葉が掲げられる恵林寺山門


1330(元徳)2年に、甲斐の守護職・二階堂氏が所領の牧荘を寄進し、夢窓礎石を招いて創建したと伝えられる塩山の古刹。応仁の乱で荒廃するも、武田氏の菩提寺として再興し、1564(永禄7)年、信玄が美濃・崇福寺から快川紹喜(かいせんじょうき)を招く。信玄の葬儀は、信玄に機山の号を授けた快川国師の手でこの寺で行なわれている。天目山の戦いで武田氏が滅亡後、恵林寺に隠れた六角義治(ろっかくよしはる=信長の南近江侵攻で信玄の元に身を寄せていた)の引渡しを寺側が拒否したため、織田信忠は寺を焼き討ちにした。その際、快川和尚が「安禅不必須山水 滅却心頭火自涼」の言葉を残した逸話は有名。快川和尚以下百数十人の僧は山門に集められ焼き殺された。本堂裏の夢窓疎石作の庭園は、関東に残る数少ない夢窓疎石の庭園。上段が枯山水、下段が心字池と築山といった構成で、四季の風情が美しい。また本堂正面には、「信玄公宝物館」があり、信玄ゆかりの品々を展示している。併設の食事処「一休庵」では、精進料理や予約で山菜、つみ草料理なども味わえる。

放光寺庫裏
慶長年間建立の放光寺庫裏


恵林寺と同じ塩山にある古刹。1184(元暦元)年、源平合戦で功績をあげた安田義定が一ノ谷の合戦の戦勝を記念して創建した。開山当初は天台宗寺院だったが、南北朝時代に真言宗に改宗し、真言宗七談林になるほど繁栄した。その後、武田氏の菩提寺となり、信玄は三方原の戦いで、遠州・医王寺(現・静岡県磐田市)に伝わった大般若経600巻(南北朝時代の写経)を放光寺に奉納したが、恵林寺同様に織田軍の戦火により仏像などを除く多くを焼失している。現在の伽藍は江戸時代の再建。不動明王立像、愛染明王坐像、金剛力士像、大日如来坐像は国の重要文化財。『紙本墨書大般若経』(現存589巻)は県の重要文化財。

大善寺薬師堂
国宝に指定される大善寺の薬師堂


ブドウ狩りとワインで有名な山梨県勝沼にある古刹。718(養老2)年、行基創建の古刹で、8世紀初頭、仏教伝来とともに薬草として伝わったブドウが、この寺でも法薬として栽培されていたといわれる。本尊に祀られた薬師如来が右手にブドウを持っていたことから、甲州種ぶどうの発祥の地ともされている。かつては歴代天皇の勅願所で塔頭52を数える大寺院だったが、今では本坊である大善寺のみ。現存する薬師堂は、1286(弘安九年)に鎌倉幕府により再建されたもので国宝。新府城から岩殿山へと落ち延びる武田勝頼は、自刃する前夜にこの大善寺で一夜を過ごしている。薬師堂に安置された薬師如来に武田氏の巻き返しを祈ったのは間違いない。しかし、武田家再興がかなわないと見た家臣の大半は夜半に離散したという。本尊薬師如来は秘仏で、5年に一度の御開帳。次回の御開帳は、平成20年10月1日〜8日の予定だ。

景徳院山門
景徳院の山門は大火を逃れた創建当時のもの


景徳院は、1582(天正10)年、武田勝頼一族が破れ武田氏終焉の地となった、田野集落にある。寺は織田信長と連合して勝頼を破った徳川家康が、勝頼一族の冥福を祈るため、1588(天正16)年に建立したもの。完成までに29年の歳月を要し、完成時は七堂伽藍(がらん)の立派なものだったが弘化2年、明治27年の大火で山門を除いて焼失。本堂の内部には武田勝頼、信勝、北条夫人、さらには家臣の位牌が安置されている。境内には、勝頼と勝頼の婦人(北条婦人)、勝頼の息子(信勝)を祀った五輪塔、勝頼・北条夫人・信勝が自害した生害石がある。同じ境内にある首無地蔵は、田野の村人が勝頼、北条婦人、信勝を葬った場所と伝えられ、五輪塔の方は、後世造られた供養塔という。また近くを流れる日川の姫ヶ淵は、侍女16人が身を投げた場所。勝頼辞世の句は「おぼろなる月もほのかに雲かすみ はれてゆくえの西の山の端」。このとき勝頼は37歳、北条婦人はまだ19歳、信勝も16歳の青年だった。

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