
その正体は「衣のない、ソース味のおからコロッケ」
埼玉の県名の由来ともなっているさきたま古墳群や、関東七名城に謳われた忍城(おしじょう)の城跡、行田蓮(古代蓮)をシンボルとした公園「古代蓮の里」など観光的にもみどころ満載の行田市。その行田名物が昨今話題を呼んでいる「ゼリーフライ」。もちろんゼリーをフライにしたものではなく、豆腐のオカラにジャガイモや野菜のみじん切りなどを混ぜたものを油で揚げ、ソースにくぐらせたもの。簡単にいえば「衣のない、ソース味のおからコロッケ」。行田市持田の「いっぷく茶屋」(TEL048-556-5446、不定休)の先々代の主人が、日露戦争に従軍したとき、中国人から教えられた「野菜饅頭」を元に作ったのが始まりという。

名の由来は布の産地で布来という説も
行田名物の「フライ」は小麦粉を溶いたものにネギや肉、卵などの具を入れ鉄板で焼いた行田周辺だけの珍しい食べ物。「お好み焼きとクレープの中間」的な存在だ。昭和初期、足袋産業が全盛の頃、女工たちがおやつとして好んで食べたといわれ、ファーストフードの走りともいえるものだ。お好みでソース味と醤油味がオーダーできます。揚げものではないが、手近にあるフライパンを使うから「フライ」という名が付いたとか。フライを出す店を、地元・行田では「フライ屋さん」と呼び親しんでおり、27店舗で「フライ」を味わうことができる。

いわゆる「なまずのつみれ」
吉川市は、江戸川と中川に囲まれた「川のまち」。「吉川に来て、なまず、うなぎ食わずなかれ」の言葉どおり、今でも市内には川魚料理の料亭、割烹が数多い。「なまずのたたき」は、ナマズの頭を落とし、骨も一緒にたたいてミンチにし、味付けして油で揚げるという豪快な料理。近藤勇も板垣退助も食べた吉川伝統の味は中川沿いの料亭などで楽しめる。4月上旬に行なわれる『吉川なまずの里マラソン』のランナー達にも好評という。

冷たい麺をつゆで味わうのが一般的
加須のうどんのルーツは、なんと江戸時代。加須では昔から稲の裏作として小麦を栽培していたが利根川の渡舟場や、不動岡不動尊・總願寺の参拝客をもてなすために始まったといわれ、県内屈指の伝統を誇るご当地グルメとなっている。加須は鯉のぼりの生産で日本一だが、ユニフォームの生産も有名な「織物のまち」としての歴史がある。明治時代に青縞織り(綿織物)の市が定期的に開かれ、関東一円から人が集まるようになると、織物職人や商人たちの昼食、土産物として発展した。「足踏み」「寝かせ」という手打ちうどんの技を重ねてつくられる「コシの強さ」が自慢。さらに短いゆで時間で生かした小麦の香りと風味、そして、粉に多めの水を加えたことによる、つるりとした口あたりとのど越しが旨さの秘密だ。

ジャガイモと玉ネギのシンプルなタネをラードで揚げている
中山道宿場町の歴史を刻む雛人形と花のまち、鴻巣(こうのす)。戦後60年間、鴻巣市内の肉屋で親しまれてきた手作りコロッケが、郊外店に押されるという時代の流れで肉屋が廃業し、幻に。それを見た中心市街地活性化を理念に掲げる地元商業者グループで『こうのす商人フェスティバル』を運営する「こうのす若手商業者同好会」が一念発起。手作りコロッケを復活させようと廃業した精肉店の主人から味を伝授され、地元の商業イベントである『パーキングバザール』で披露したところその味が人気を呼んだ。現在では市民の支持を受けて明治23年創業の老舗、漬物と惣菜の店「つけしん」で製造販売するに至っている。つけしん本店(鴻巣市本町1-8-14 TEL048-541-0237、9:00〜19:30、無休)および北鴻巣長崎屋店で販売されている。1個84円。地図はつけしん本店を表示。

「コーヒーベル」の焼きおにと風呂吹き大根の玉子あんかけだし茶漬け
日本一面積の小さい市、中山道の宿場町・蕨で誕生した「和楽備(わらび)茶漬け」。藁(わら)の火で在原業平をもてなしたという市名の由来にちなみ、気取らない茶漬けで真心を伝えようと蕨の飲食店が中心となった町おこしの新メニュー。地元の和楽備神社から名前がとられている。平成18年9月、蕨市の飲食店の活性化、飲食店同士のネットワーク強化を目的として「蕨市の名物料理開発プロジェクト」 が誕生、そこで生まれた新しい地域ブランドだ。平成19年11月3日に行なわれた『宿場まつり』では、焼きおにぎりを使った「やきおにの和楽備茶漬け」も登場した。


