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信玄の正室・三条夫人の菩提寺・円光院

円光院
信玄の軍陣での守り本尊を安置する円光院
1560(永禄3)年、信玄(市川亀治郎)が、京より説三和尚を迎えて開山した寺。寺の名は1570(元亀元)年7月28日に没した三条夫人(池脇千鶴)の法名に由来する。寺には信玄の寄進状や信玄が軍陣の守本尊とした勝軍地蔵尊・刀八毘沙門天が伝えられている。信玄の正室・三条夫人は、公家・三条左大臣公頼の次女として、京・三条邸に生まれ、信玄との間に長男・義信、次男・竜芳、三男・信之、長女・黄梅院(北条氏政夫人)、次女・見性院(穴山梅雪夫人)を産み、信玄に先立つこと3年、50歳でその生涯を閉じている。

三条夫人の墓
大河ドラマでは池脇千鶴演じる三条夫人の墓


1746(延享3)年に伽藍を焼失し、現在の本堂は昭和52年に、庫裡は平成11年に再建されたもの。本堂西側には、三条夫人の墓所がある。円光院には、信玄の軍陣での守り本尊だった刀八毘沙門天と勝軍地蔵も安置されている。1573(天正元)年4月12日、信玄が信州・駒場にて亡くなった時、円光院に安置せよと武田二十四将の一人・馬場信春に遺命されたものという。4月12日の信玄の法要と、正月3ヶ日にのみ御開帳となる。


円光院近くに武田信玄の墓があるが、その場所は土屋右衛門の館があったところ。3年間秘密とされた信玄の死だが、遺骸は密かに荼毘にされ、この地に運ばれたという。今も法要は円光院によって執り行われている。



35/40/46.3,138/35/25.3


ドライブの場合は、中央自動車道一宮御坂IC、または甲府昭和ICから30分。駐車場は200台、無料。カーナビの場合は以下のマップコードを入力すれば円光院まで誘導。
59 640 505*55


列車旅行の場合は、中央本線甲府駅北口から山梨交通バス武田神社経由積翠寺行きで7分、護国神社下車、徒歩15分。

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コメント(2)

あの、三条夫人の享年は五十歳です。
信玄と同年齢です。

コメントありがとうございます。確認したところ当方の資料が間違っていたようなので、ご指摘のとおり修正させていただきました。今後ともよろしくお願いいたします。

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