プチたび > 特集 > 『天地人』の舞台へ 越後・上田庄編

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NHK大河ドラマ『天地人』ゆかりの地を旅する


戦国時代、越後の武将といえば上杉謙信があまりにも有名。ゆえに謙信の養子となり、その跡を継いだ上杉景勝については、地元新潟でもあまり馴染みがないほど。むしろ上杉家が120万石の大大名となり、越後から会津へと国替えの後、徳川家康に敗れ、減封の憂き目にあいながらもかろうじて生き延た米沢では、知られた存在といえる。この一連の時代のうねりの中で一貫して上杉家を支えた人物が、2009年NHK大河ドラマ『天地人』の主人公・直江兼続だ。一国の大将でもない家臣の立場ながら、時の天下人・豊臣秀吉をして「天下の器量者」といわしめ、徳川家康に対し、事実上の挑戦状ともいえる「直江状」(これについての真偽は定かではないが)を叩きつけた人物である。知性と才覚、行動力を兼ね備えた武将として、渋好みの歴史通の間では、隠れた人気を誇っている。そんな直江兼続と上杉景勝が、ともに幼少期を過ごしたのが、魚野川清流に育まれる静かな山里・上田庄。現在の新潟県南魚沼市だ。

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田園風景と坂戸山


景勝の実父は、現在の南魚沼市六日町にある坂戸城主・長尾政景。直江兼続(幼名・樋口与六)は、この政景の家臣・樋口兼豊(ドラマでは高嶋政伸が好演)の長男として生まれた。標高634mの山城・坂戸城は、越後と関東を結ぶ交通の要衝にあり、過去一度も落城したことがない要塞。現在国指定の文化財となり、山頂まで約1時間のハイキングも可能だ。4月下旬から5月上旬は山に自生するカタクリの開花期でもあり、ハイキングには最適。近くには直江兼続公伝世館もオープンしているから、ハイキング前後に立ち寄りたい。

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もとは室町時代建立の赤門。現在のものは江戸時代の再建


金城山の麓には、幼い頃景勝と兼続が学んだとされる曹洞宗の寺院、雲洞庵(うんとうあん)がある。歴史は古く、もとは717年(養老元)年に藤原北家により開かれた律宗の尼寺が起源。その後衰退したが、1429(永享元)年に関東管領・上杉憲実(のりざね)を開基として、禅宗の寺となった。樹齢300年といわれる杉木立のなかに2つの門があり、本堂に向かって正面に建つのが、別名「赤門」と呼ばれる山門。かつては身分の高い人々しか使用することが許されなかったという門だ。

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かじか揚げ800円に木の芽400円とご飯200円をプラス


雲洞庵を見学した後に昼食を迎えたら、近くにある田舎料理の店へ。周辺の田んぼで収穫された雲洞産コシヒカリ、田舎そばなどの他、よもぎ餅で作られた郷土食の「あんぼ」、岩魚定食1200円やかじかの唐揚げなども味わえる。 またこのあたりの水田風景と坂戸山の姿もみごとだ。

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樺沢城跡山頂から城下を眺める。標高304mの本丸跡から望む麓はあの魚沼産コシヒカリの本場だが、ここに城下町があり、景勝の直臣“上田衆”の屋敷群があったと伝わる

天地人のロケ地として、全国的に有名になった南魚沼市。とくに坂戸山城があった六日町地区には、主人公・直江兼続と上杉景勝の生誕地としてその地碑も建っている。だが実は、JR大沢駅の近くに残る坂戸城の支城・樺沢城跡には、景勝の胞衣(えな)を納めたとされる胞衣塚があり、景勝はここで生まれたという説も有力なのだ。

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景勝誕生の地碑

龍澤寺は樺沢城の麓近くに建つ臨済宗の寺院で、建立は1402(応永27)年。城の入口という要衝に位置し、上杉家とゆかりも深い重要な寺であったことから、謙信が龍澤庵(現在の龍澤寺)に宛てた御朱印状も所蔵する古刹だ。本尊は文殊菩薩だが、文殊菩薩がうさぎ年生まれの景勝の守護仏にあたり、寺には景勝の母・仙桃院が、息子・景勝の武運を祈って奉納した厨子入り文殊菩薩像、別名「あやの文殊」も残されている。

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築130年の古民家を移築した高七城


樺沢城址をめぐった後に立ち寄ってみたいのが、大沢山温泉。開湯は江戸時代だが、越後一の秘湯、美人の湯として名高い。予約がとれないといわれる大沢館(電話025-783-3773、2食付 12600円から)のほか、高七城(電話025-783-6777、2食付13650円から)など、古民家の宿が点在。高七城では1000円で日帰り入浴も受け付けており、宿泊しなくとも美肌になると評判の湯を試してみることができる。ちなみに宿の食事は、魚沼産コシヒカリのなかでも最高峰といわれる、塩沢エリアの米を使用(宅配も可能)。朝食には朝どれの地卵が付き、何杯でもおかわりしたくなるほどのうまさだ。

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全長350mの「牧之通り」。なまこ壁風の建物は信用金庫だ


南魚沼市の塩沢エリアはこのあたりの文化経済の中心地で、江戸後期、雪国越後に暮す人々の生活を伝え、当時大ベストセラーとなった『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』の著者・鈴木牧之(ぼくし)の生誕地でもある。町には牧之を記念した「牧之通り」が整備されており、牧之ゆかりの「青木酒造」(知る人ぞ知る蔵元で、日本酒通も人気の地酒を購入できる)などが建ち並んでいる。まずは「鈴木牧之記念館」を見学後、ここを起点に「塩沢つむぎ記念館」などを経由し、周辺を散策してみたい。

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魚野川越しの八海山


今では米どころ魚沼と呼ばれているが、当時このあたりの重要な産物は、周辺の山野に自生する苧麻「ちょま、からむし」という、イラクサ科の植物の粗皮を取り除いた「青苧(そ)」と呼ばれる麻の一種だった。刈り取った苧麻はすぐにきれいな清水に浸され、一本ずつ丁寧に皮をはぎ、乾燥させて青苧となる。そしてこの青苧をつないで糸(原料)にして織られたものが、のちに「越布えっぷ(白布)」として京大坂や上層階級の間でもてはやされた、越後名産の麻織物だ。この青苧の流通においても活躍したのが、魚野川の舟運だった。

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ぽんしゅ館 雪ん洞のお発ち飯


上杉時代、合戦に挑む前にふるまわれていた「お発ち飯」。大釜で大量に炊いた飯や豪華な料理を出陣前に大盤ぶるまいすることで、家中の士気を高めたといわれている。これを再現したのが「越後お発ち飯」だ。南魚沼市内を中心にした加盟各店でも味わえるが、新幹線を利用する場合は、越後湯沢駅構内にあり、上越線の乗り換え時にも立ち寄り可能な「越後のお酒ミュージアム ぽんしゅ館」はいかがだろうか。

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