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昭和36年創業の博多の料亭で作られる、辛子明太子の隠れたベストセラー。原料のたらこは北海道近海物に限定。しかも粒、形、色合いなどにもこだわっているから見た目も美しい。吟味した素材を独自の製法で、素材の良さをできるだけ損なわずに味付けするとあって、まさに料亭仕様のまろやかで上品な味。隠し味に酒粕が使われているところなど、さすがは料亭。かつては幻の品といわれたが現在博多駅でも購入可。

1784(天明4)年に博多湾の志賀島で出土したのが金印。弥生時代に後漢の光武帝が奴国(なのくに)の王に贈ったとされるのが金印だ。花月堂寿永の金印は卵黄使用の皮に、刻んだ栗の入ったいれた四角いまんじゅう。表面には「漢委奴国王」と焼かれている。10個入り2100円。

明治43年に行なわれた「第13回九州沖縄八県連合共進会」の貴賓接待場所として建てられたもので、戦後は福岡高等裁判所、福岡県教育庁として使用されてきた。昭和56年の教育庁移転後に修復され一般に公開されている。明治期のフレンチ・ルネサンス様式木造2階建ての建物は、国内にも数少ない貴重な存在で、国の重要文化財にも指定されている。設計は県土木部技師・三條栄三郎によるもの。内装、外装ともに瀟洒なレリーフが施されていることが特徴で、八角の塔が印象的な建物だ。

「やまとの湯」として全国展開をはかる人気のスーパー銭湯。平日の利用者は1000人、休日ともなればその倍の人が利用するというから驚きだ。人気の秘密は肌ざわりのいい湯。スベスベになると女性客にも評判が高い。軟らかい水質の地下水を汲み上げて沸かしているため、温泉に似た効果が得られる。毎日内容が変わる日替湯、露天風呂、サウナなど14種類の風呂があるなど充実した設備を誇り、料金が手頃なことも人気の秘訣。食事処のメニューも充実。

福岡城は筑前黒田藩52万石の本拠が置かれた平城で、関ヶ原の戦いの功により移封された黒田長政が、父・如水とともに1601(慶長6)年から7年の歳月をかけて築城したもの。別名舞鶴城とも呼ばれていた。福岡城の南丸多聞櫓は二の丸南西の隅に建造当時からある建物で、二重二階切妻造りの角櫓と桁行が30間分続く西平櫓からなっている。昭和46年に国の重要文化財に指定された。また城跡全体も国の史跡に指定されている。

鴻臚館は、奈良・平安期に使われていた外交窓口のひとつで、平安京、難波、筑紫の3ヶ所あったなかでは最大規模の建物。遣唐使や遣新羅使などと共にやってきた外国からの客人をもてなす施設として、また日本から大陸へ向かう留学生や僧侶たちが天候待ちで滞在したのもこの場所と推定されている。もちろん唐や新羅、宋と交易する場所としても利用された。出土品には遠くイスラム系陶器やペルシャ系のガラス器まで含まれ、当時の交易範囲の広さを物語っている。館内ではそのまま保存された建物の柱跡や当時の建物の復元模型、数多くの出土品を見学できる。

プロ野球ソフトバンクホークスの本拠地、福岡ドームの南側に位置するホークスタウンモール。全107店舗のショップ、レストランやカフェが集り、カップル、ファミリーにも人気の店が勢揃いしている。そのほかにはアーティストとの一体感が魅力の九州最大級のライブホールZeppFukuoka、10のスクリーンを持つシネマ・コンプレックスのユナイテッド・シネマ福岡、これまた九州最大級のゲームセンター、ナムコ・ワンダーパークなどもある。

福岡随一の繁華街、天神から歩いて10分ほどの場所にある温泉入浴施設。ラーメンでも有名な長浜地区の福岡港駅跡地に建てられたもの。福岡の中心部でありながら摂氏30度、湧出量は毎分750リットルという豊富な天然温泉に恵まれ、仕事帰りに気軽に温泉を楽しめる施設となっている。泉質はカルシウム・ナトリウム-塩化物泉で、保湿効果に優れた美肌の湯だ。2階建ての建物には、屋根をうまく利用して周囲からは見えないように配慮された露天風呂もあり、多彩な風呂はもちろん休憩室や食事処など本格的な施設が揃っている。

茅葺き屋根の大きな曲家の横大路家住宅。建築年代を示すものは何もないが江戸時代中期の建物と推定されている。九州地方におけるもっとも古い民家のひとつとして、昭和52年に国の重要文化財に指定されている。この家が有名なのはそれだけではない。西暦805年、最澄が唐から持ち帰った鏡と独鈷(とっこ)の導きで天台宗開祖寺独鈷寺を開いた際、横大路家の先祖源四郎が協力し、礼として授かった法火を1000年以上たった今でも絶やさず守っているということだ。その火はかまどの中で今も燃え続けている。近くには最澄の杖で掘ったという井戸もある。

志賀島の南西、博多湾を望む絶好の展望地である叶崎に整備された公園で、歴史上の大発見といわれる「漢委奴国王」(かんのわのなのこくおう)の金印の発見場所だ。この金印は1784(天明4)年、百姓甚衛が溝の修復をしていた時に発見したといわれ、『後漢書』による57(建武中元2)年に光武帝が倭奴国王に贈ったものと推定されている。その後金印は福岡藩主黒田家の所蔵となるが、近年福岡市に寄贈され、現在は福岡市立博物館に展示されている。公園には金印の文字を拡大した碑が立っている。

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