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柳川の川下りの終点である白秋の生家が残る沖端にある川魚料理店。檀一雄も贔屓にした鰻料理の名店で、安政年間から変わらぬせいろ蒸し1575円〜が味わえる。周辺には他に、柳川藩主立花家の別荘と庭園が見学できる、御花・松濤園も建つ。

福岡市中央区、九州最大の繁華街である天神の西隣にある繁華街。ブランドショップ、飲食店などが路地や雑居ビルなどにひしめいている。有名店から隠れ家的な店まで幅広いのが特徴。全国展開を図るラーメンの「博多一風堂」も大名に本店がある。京都拉麺小路で人気の「博多一幸舎」も大名が本店とラーメン激戦区で、博多ラーメンを味わいに訪れるラーメンファンも多い。1855(安政2)年創業の醤油醸造の「ジョーキュウ」など老舗が多いのは城下町の中心地だったから。明治6年に県下初の電信局が開設され、電報が打てるようになったのも大名町だ。地元では東小姓町通り、西小姓町通り、鉄砲町通りという旧町名を通り名として復活させている。

1600(慶長5)年、福岡藩初代藩主・黒田長政が福岡と、博多をつなぐため那珂川に土砂を積んで中洲を造成し、島の東西に東中島橋、西中島橋(現在の昭和通り)をかけて誕生した人工島。明治7年、東中洲に県下初の常設芝居小屋「永楽社」が開場。明治中期に東中洲に県立福岡病院や県立福岡測候所、博多電灯会社、福岡電話交換局などが設置される。明治36年に芝居小屋「明治座」が開業、明治43年に明治通りに福博電気軌道の路面電車が開通すると大正時代には「電気館」、「世界館」の劇場や映画館も開場し博多の演劇界の中心として発展。大正初期にはカフェ、バーが流行し博多の盛り場として栄え始める。大正9年に松葉屋呉服店、大正14年に福岡玉屋と百貨店も開業し、繁華街として発展する。現在は天神や大名に商業施設の大部分が移り、屋台の町、夜の町として有名。クラブ、ミニクラブ、バー、キャバレー、ショーパブ、サパークラブラーメン・餃子店、中華料理店、焼肉・韓国料理店などが軒を並べている。

福岡市中央卸売市場の鮮魚市場に隣接する地上13階のビル。市場関係の1000人以上の人が働く場所だが、2階には魚について楽しく学べる「市場PRプラザ」(愛称魚っちんぐプラザ)、13階には天神や博多湾を眼下にする「展望プラザ」もある。また、1階には市場で仕入れた新鮮な魚介を使った料理が味わえ、市場関係者も利用するという「おきよ食堂」など魚料理の店も入っている。「おきよ食堂」の刺身定食1100円。

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