中山道69次のうち、江戸から数えて56番目の宿場。平安時代から鎌倉時代にかけては杭瀬川駅、江戸から明治にかけては赤坂湊(杭瀬川の川港で現在も宿場の東に港の跡が残されている)として栄えた交通の要衝。宿場は東西五町五間半(約600m)、南北七町(約750m)あり、往時には旅籠17軒が軒を並べた。宿場の中心にある四ツ辻は谷汲街道の分岐点。脇本陣を中心に皇女和宮の通行に際して建て直されたという古き家並みが残されている。和宮の東上の際、幕府からの十年債で54軒の家が新築されたが3年ほどで明治維新を迎えた。地元ではこれらの建築を「お嫁入り普請(ぶしん)」と呼んでいる。
中山道69次のうち、江戸から数えて55番目の宿場。長良川、揖斐川に挟まれた小さな宿場でたびたび河川氾濫の被害を受けている。明治24年の濃尾大地震により、宿場内の多くの家が倒壊した。現在残る連子格子の家並みは明治以後のものだが、国道も走らない小さな町には古き宿場の雰囲気が残されている。集落の中心、美江寺神社あたりがもっとも雰囲気を残す場所だ。
中山道、木曽十一宿のなかで、もっとも南に位置する小さな宿場。山間の坂道に沿って、南北1kmほどにわたり、街道時代さながらの家並みが続く。文豪・島崎藤村の生まれ故郷として知られ、彼の晩年の大作『夜明け前』の舞台となった土地でもある。宿場内には藤村記念館、清水屋資料館など、藤村とその作品の登場人物、背景を彷彿させるみどころが多い。宿場から馬籠(まごめ)峠へは、信濃路自然歩道も整備されている。旧国的には信州だが、平成の大合併で岐阜県に越境編入された。
木曽路南部の難所とされた、標高801mの馬籠(まごめ)峠。この峠があまりに険しく、馬を引いては峠越えができなかったため、旅人が宿場に馬を預けて旅を続けたことから、馬籠宿、馬籠峠の名が付いたと伝えられる。峠の頂上からは、妻籠(つまご)の町並みや南木曽岳(なぎそだけ)を見渡せる。馬籠から峠を経て妻籠に至る約8.5km、所要約2時間の旧中山道は、信濃路自然歩道として整備されている。
大井宿は中山道六十九次のうち、江戸から数えて46番目の宿場町。中山道美濃十六宿でもっとも賑わった宿場だ。JR恵那駅を東方へ歩くと中山道の浮世絵陶板がはめこまれた大井橋が架かり、橋を渡ると古い町並みが残る。大井宿本陣跡では堂々たる正門と樹齢300年を超える老松が、昔をしのばせる。町並みは大井橋から上宿の高札場までの6町半(870m)で、直角になった「枡形」の道が6カ所と多いのが特徴だ。宿場の北の外れ、菅原神社近くには大井宿石仏群がある。中山道と岩村街道との分岐点に建ち、大井宿の有力な商家であった「ひし屋」(古山家)は現在「中山道ひし屋資料館」として公開されている。
城下町・岩村は江戸時代に東濃地方の政治・経済・文化の中心地。岩村町本町2丁目、本町2丁目の全域など14.6haの商家町が国の伝統的建造物群保存地区に指定されている。町の中心にある枡形から東側が旧城下町の町人町で、2階部分の低い「厨子二階」といわれる造りの建物が残されている。枡形から西側は明治39年の岩村電気軌道の開通以降に発展した商家町だ。江戸時代の商家・木村邸は「木村邸資料館」に再生され内部の見学も可能。「女城主」の蔵元、岩村醸造は1787(天明7)年創業の造り酒屋。今も昔ながらに2本の井戸を使って酒を醸している。店内に敷かれたトロッコのレールも必見だ。岩村醸造向かいの「松浦軒本店」は、1796(寛政8)年創業の老舗で名物はカステーラ。
城下町・高山は、城を取り囲んで東方の高台を武家地、西方の低地を町人地と町割されていたが、他の城下町に比べ町人町の面積が大きいことに特徴がある。これは藩主・金森長近が商業経済を重視した町造りを行なったから。高山市内に流れる宮川の東側には、町人町の町並が残り、江戸時代のままの家が残っている。高山市三町伝統的建造物群保存地区(たかやましさんまちでんとうてきけんぞうぶつぐんほぞんちく)に指定されているエリアは、町人地として最初に造られた一番町、二番町、三番町(現在の一之町、二之町、三之町)の一部を中心とする場所で4.4ha。一之町、二之町、三之町をあわせて三町(あんまち)と呼んでいる。旦那衆と呼ばれた豪商たちの屋敷、伝統工芸品店、老舗の料理屋などが立ち並び、お香や味噌の香りが漂う風情ある町並みが残るのが、高山観光の中心的存在である上三之町(かみさんのまち)。
高山市の中心部を横断する安川通り(国道158号)以北の東西180m、南北780m、面積6.6haの範囲で、高山市三町伝統的建造物群保存地区に続いて平成16年7月6日に新たに国の伝統的建造物群保存地区に指定されたエリア。重要文化財の日下部家、吉島家をはじめ、明治から昭和初期までの各時代の変化に富んだ町家が残されたエリアで、越中街道沿いに明治から昭和初期にかけての美しい家並みが残されている。
庄川の河岸段丘上に位置する白川村荻町は、「合掌造り」と呼ばれる茅葺きの民家が多数現存し、集落一帯の45.6haが「白川村荻町伝統的建造物群保存地区」に指定されている。平成7年には、富山県の平村相倉地区、上平村菅沼地区とともに世界遺産に登録された。白川村の気候は飛騨寒地多雨型に属し、冬の季節風がもたらす大雪は多い時で4mもの積雪をもたらす。江戸時代には養蚕、塩硝、和紙の生産が盛んとなり、家屋の大型化、耐雪化から「合掌造り」が生み出された。現存する59棟は江戸時代末期から明治時代に建てられたもの。周辺の畑や水路なども戦前の状況と変わっていないという。急勾配で大型の切妻造りの「合掌造り」の家々が群となって集落を構成する景観は、白川郷と越中五箇山の集落以外には存在しない。白川郷でもかつては23の集落に300の「合掌造り」があったがまとまった家屋群は荻町だけとなっている。
NHK連続テレビ小説『さくら』(平成14年4月1日〜平成14年9月28日放送)のロケ地となった飛騨古川は、白壁と鯉が泳ぐ町。さくらの下宿先という設定の「三嶋和ろうそく店」や通勤路となった1000匹の鯉が泳ぐ瀬戸川沿いの白壁土蔵の道、プロポーズされた福全寺跡の大銀杏などがある。金森長近によって築かれた城下町・古川は元禄年間には天領として栄えたところ。中心部には鯉の泳ぐ瀬戸川が流れ、この川を挟んで殿町、壱之町、弐之町、三之町が碁盤割に配されている。町をそぞろ歩けば和ろうそくの店や切り絵工房などもあり、情緒たっぷりに観光客を迎えてくれる。






