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明治43年築の旧第九十銀行を再生し、石川啄木と宮澤賢治が青春を育んだ盛岡の街とふたりの青春時代を紹介する博物館。ふたりはともに盛岡中学の出身。常設展示室では、啄木と賢治の青春と文学をパネルや写真などで紹介。かつての銀行の頭取室は、映像で啄木と賢治を紹介する部屋、店舗だった部分はミュージアムショップとしてオリジナルグッズを販売するなど、重厚な銀行建築を巧みに生かしている。建物は国の重要文化財。

つなぎ温泉と御所湖を隔てた対岸にある伝統工芸を紹介する施設。「手づくり工房ゾーン」には南部鉄器、郷土玩具、わら細工、竹細工などの工房が集まり、職人の手仕事が見学できる。南部こけしの絵付け(1000円から)や郷土玩具づくり(1300円)などの体験が可能で、予約で南部鉄器の型作りや器づくりもできる。併設の「南部曲屋ゾーン」には120年前の農家を再現。「盛岡地域地場産業振興センターゾーン」では展示即売も実施。

『雨ニモマケズ』、『風の又三郎』、『銀河鉄道の夜』など名作を残した宮澤賢治の記念館。明治29年に岩手県稗貫郡里川口村(現・花巻市)で生まれ、37歳で夭折した賢治の足跡に触れることができる。館内には、原稿や愛用品の展示のほか、ビデオやなどによりイーハトーブの世界が解説されている。なかでもスライド上映の「宮澤賢治の四季」、サウンドボックス「宮澤賢治の歌曲」では、賢治の描いた壮大な宇宙にアプローチすることができる。企画展も随時開催される。

柳田國男が宿泊した高善旅館や造り酒屋の蔵を移築し、『遠野物語』に記録されたような遠野に伝わる民話や伝承を紹介する施設。実際に語り部から民話を聞くイベントも実施(4月〜11月は1日3回、夏休み期間は1日5回、12月〜3月は土・日曜、祝日の13:00に開催)。「むがす、あったずもな」で始まり「ドンドハレ」で終わる遠野の昔話『オシラサマ』、『カッパ』、『ザシキワラシ』など、いずれも心がほのぼのとするストーリーばかりだ。

建物は酒造りに使用されていた土蔵を解体、移築した貴重なもの。館内では日本三大杜氏のひとつ、南部杜氏の匠の技をさまざまな角度から紹介している。南部杜氏は丹波杜氏、後杜氏と並ぶ日本三大杜氏に数えられ、石鳥谷(いしどりや)町は南部杜氏発祥の地でもある。

南部杜氏の酒造りの歴史と、酒造りの工程を紹介している。展示されている酒造用具の種類は日本一で、そのうち1788点は国の重要有形文化財に指定されている。石鳥谷町一帯の北上川沿いの田園地帯は、昔から良質の米の産地だった。酒といえば濁り酒(どぶろく)という時代に、酒造りの技術を大阪から持ち込んで、ここ石鳥谷町に清酒造りを伝えたのが酒処岩手の始まりといわれている。

宮澤賢治イーハトーブ館は、宮澤賢治に関する情報発信の拠点となっている施設。宮澤賢治をテーマにした講演やイベントを行なっている。併設の図書館には、賢治に関する研究資料が豊富に揃い、自由に閲覧できる。賢治原作の童話のアニメも常時上映されている。

江戸末期から昭和初期の民具3000点を展示する資料館。稲作農機具、木鋸、臼などの山村生活資料や鍛冶、花巻人形などの町人生活資料が展示されている。700体の花巻人形は、土人形で、伏見人形、堤人形の流れをくむ貴重なもの。

『智恵子抄』の作者、高村光太郎の記念館。光太郎の遺稿や十和田湖の裸婦像の原型、妻智恵子の切り絵など130点を展示している。記念館から150mほどの場所には、昭和20年から7年間、独居生活を送った山小屋の高山山荘が当時のまま残されている。光太郎が亡き妻智恵子を慕い、好んで散策をした智恵子展望台もある。

高村光太郎が昭和20年から7年の間、独居生活を送った山荘。杉皮葺きの屋根、荒壁、障子一重、三畳半の山小屋で、冬はマイナス20度の厳寒に、猛暑の夏には、蚊やブヨに悩まされたと伝えられる。連作詩『暗愚小伝』や詩集『典型』、詩文集『智恵子抄その後』などの傑作がここで生まれた。山荘内は、当時のまま保存され、一枚の板にすき間を彫り込み、そこから洩れる光で、時刻を計った日時計などが残されている。

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