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日吉ダム堰堤のすぐ下流に位置する温泉を中心とした日帰り入浴施設。保温効果にすぐれた温泉は、含鉄−ナトリウム塩化物強塩温泉(42.7度)で「熱の湯」と呼ばれている。湧出量は毎分74リットル。大浴場は「木の湯」、「石の湯」のふたつ。ともに源泉かけ流しの露天岩風呂があるが、サウナは「木の湯」が森林浴サウナ、「石の湯」がアロマリョウリュウサウナ。フィンランドの熱気浴サウナに、ピュアオイルを使用したアロマミストを加えた珍しいサウナだ。浴槽は「木の湯」がジャグジー付きの檜風呂で「石の湯」が石風呂となっている。偶数日は、「石の湯」が男性風呂、「木の湯」が女性風呂。湯上がりには府民の森ひよしの遊歩道散策も可能だ。

関西花の寺25ヶ所霊場の第1番札所で真言宗の寺。720(養老4)年、インドの帰化僧、法道仙人が草庵に十一面千手千眼観世音菩薩像を安置したのが始まりと伝えられる。近くには弥生時代から古墳時代の遺跡である観音寺遺跡もあり、古くから文化的な中心地だったことがわかる。鎌倉時代には25坊を有する寺だったが、1576(天正4)年に明智光秀の焼き討ちを受け焼失した。明治29年に、大聖院と多聞院が統合され観音寺が誕生した。水子供養、あじさい寺として有名で、鎌倉時代の文書6点を含む多数の文書が残されている。境内には江戸時代の建築で入母屋造りの豪壮な本堂、観音堂、仁王門が建つ。本尊は千手千眼観音。6月初旬から7月初旬にかけては境内一面に1万株のアジサイの花で彩られる。また事前に予約(20人以上)すれば法話を聞くことができる。觀音寺大護摩大祭は丹波随一の祈祷祭で2月11日の10:00〜15:00に行なわれる。

1580年(天正8)年頃、在地豪族・横山氏の砦であった横山城を、丹波平定を行なった戦国武将・明智光秀が改修し、福智山城と改めたのが始まり。築城にあたり、光秀は減税を行なったので今も地元では人気がある。関ヶ原合戦後の1600(慶長5)年には有馬豊が入城し、城の名を福知山城に改め、城割、町割を行なった。明治維新で廃城となったが、市民の瓦一枚運動などの熱意によって、昭和61年に天守閣が復元。館内は歴代城主の資料や福知山の歴史を紹介する郷土資料館となっている。3層4階の天守閣は、有馬氏時代の初期の天守の外観を復元したものだ。本丸跡に移築された銅門(あかがね)脇番所は往時のまま。野面積み、乱石積み、穴太積みの石垣は築城当時の面影を残す。城一帯は公園になっていて、一角には地元出身の日本画家・佐藤太清とその門下生の作品を展示する「福知市美術館」がある。また、城の周辺には江戸時代の都市計画に基づく城下町の町割がそのまま残されている。武家屋敷など藩政時代を偲ぶものはないが、明治期から昭和初期の町家の家並みが残り、町全体が「町家の博物館」となっている。

天橋立の南、福知山市と与謝野町の境に位置する標高832.5mの山。千丈ヶ嶽とも呼ばれるが、平安時代中期、京を荒らしまわった鬼の頭領・酒呑童子(しゅてんどうじ)の伝説が伝わることから大江山として有名(滋賀県の伊吹山にも酒呑童子の伝説がある)。日本でもっとも古い超塩基性の岩体からなり、特異な植層を形成。ブナ・ミズナラの原生林が残り、「森林浴の森日本100選」にも選ばれている。とくに主峰の千丈ケ嶽から北へと続く鳩ヶ峰(746m)、鬼の岩屋までの尾根上の縦走路は、ハイキングコースとして人気がある。とくに秋の雲海は神秘的。登山口は、福知山市の酒呑童子の里が一般的。ここには、「日本の鬼の交流博物館」も建てられている。8合目の鬼嶽稲荷神社まで車で入れば(林道で悪路)、徒歩45分で千丈ヶ嶽山頂。鬼嶽稲荷神社は標高610mにあり、周囲はブナの原生林で「鬼の洞窟」も残されている。また秋の晴れた日の早朝なら、かなり高い確率で雲海が出現する。

関西百名山のひとつに数えられる916.9mの山。飛鳥時代に円能法師が開山したとされ、山岳信仰と仏教の融合した修験道の聖地だった。かつては山頂に密教寺院が100ほどあった。平坦な山頂には「蛙岩」と呼ばれる岩の露頭がある。山中には貴重な植物も自生し、春にはホンシャクナゲ、イワカガミなどの花々が、初夏からのササユリ、ツツジ、そして秋には色鮮やかに染まる紅葉が楽しめる。登山口の仏主(ほどす)に近い権現谷には、1本のカツラの木にスギ、ケヤキ、フジ、カヤ、イロハモミジ、イタヤカエデの6種類の木が共生する「七色の木」がある。

東に半国山、西に深山をひかえ、特別記念物のオオサンショウウオの生息地として知られる浸食谷で、京都府立自然公園。明治時代、この地を訪れた郡長・三宅樅陰が、その美しさに感動して「るり渓」と命名した。全長4kmのハイキングコースには滝や岩など「るり渓十二勝」が点在、風光明媚な美しさから「関西の軽井沢」との別名を持つ。るり渓は国の名勝として指定されているほか、「日本の残したい音100選」にも選ばれている。通天湖の西には「るり渓温泉」があり、宿泊、日帰り入浴(大人700円、小人350円)、レストランの利用が可能。ドライブの場合は、るり渓温泉の一般者駐車場に車を入れるのがいい。

京都府と福井県・滋賀県に接した由良川の源流部、茅葺の里として知られる南丹市美山町北東部にある2000haの広大な原生林。山中にはツキノワグマ・ニホンカモシカ、ニホンジカ、ニホンザル、イノシシ、タヌキ、キツネ、アナグマ、ノウサギ、イタチ、テンなどの哺乳類をはじめコノハヅク、ヤマセミ、アカショウビン、オオルリ、ウグイス、ヤマセミなどの野鳥が数多く生息している。また、幾年月を経て育ったカツラやトチノキなど、巨木も多い。氷河期の残存と推測されるニッコウキスゲも見つかっているが、数は少なく絶滅の危機に。現在この森は京都大学の研究保護地区(京都大学フィールド科学教育研究センター森林ステーション芦生研究林)として管理されており、入山前には手続きが必要。冬期は積雪が数メートルにも及び、12月の中旬から4月の上旬までは雪に閉ざされる。

京都の豪商・角倉了以は、大堰川(保津川)を開削して丹波と京都を結ぶ水運を考案、1606(慶長11年)にわずか5ヶ月で工事を完成させる。その水運のルートを利用して明治時代に始まった川下りが保津川遊船。明治40年に発表された夏目漱石の『虞美人草』にもその様子が詳述されている。大正から昭和の初期には京都から人力車でやって来る外国人も多かったとか。保津大橋から京の景勝地・嵐山までおよそ16kmの渓谷を2時間〜2時間30分かけて下る。途中には角倉水運の役所があった地蔵ヶ淵、巨岩の間をすりぬける難所・小鮎の滝瀬などがあり飽きることがない。往路は嵐山からトロッコ列車で亀岡に向かい、帰路は保津川下りを楽しむ観光ルートが定番となっている。

亀岡の南西部に位置する京の奥座敷と呼ばれる温泉郷。泉質は単純弱放射能泉(天然ラジウム温泉)で泉温は30.5度。神経痛、筋肉痛、関節痛、冷え性、慢性消化器病、疲労回復、慢性婦人病、通風などに効能がある。戦国時代には亀岡城主だった明智光秀も湯治に訪れたとか。本格的に開発されたのは昭和32年以降で、現在、旅館組合加盟の旅館・公共の宿は7軒。

705(慶雲2)年、大伴古磨によって創立されたと伝わる古刹で、菅原道真も太宰府に流される折に立ち寄っている。西国巡礼を復活させた花山(かざん)法皇(在位984〜986年)が再興、室町時代に観音信仰の普及とともに西国三十三所第21番札所として庶民の崇拝を受けるようになった。本堂厨子内に祀られる本尊の木彫聖観音立像(聖観音)は、仏師感世作の秘仏で、身代わり観音として有名。また、鎌倉期と推測される釈迦涅槃像は撫でると病が治るという病魔平癒の撫で仏。境内には本堂をはじめ、多宝塔、念仏堂などの堂宇が建ち並び、本堂、多宝塔を借景とする池泉観賞式の庭園は、丹波の名庭といわれる。

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