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ブリ漁で知られる伊根は京都府随一の漁港。明治13年〜昭和25年にはブリ景気で湧いた。その伊根の漁港を取り囲むように建つ舟屋は現在230軒ほどを数える。舟屋とは1階が船倉で、2階が住居となっているこの地方独特の2階建ての家。天然の良港となった伊根湾は、波静かで潮の干満差が少なく、急に海が深くなっているという特性から、舟屋が誕生した。なかには民宿としても営業している所もあり、海釣りフリークにはお馴染み。浜ちゃんとスーさんでお馴染みの映画『釣りバカ日誌5』(平成4年)のロケが行なわれた場所でもある。舟屋見物は、「伊根湾めぐり遊覧船」がおすすめだ。

新橋通りを中心に、花街・祇園の伝統的な佇まいを残す祇園新橋。祇園はもともと八坂神社の門前町として発祥した地で、1712(正徳2)年、祇園内六町の茶屋街として開発されたのが始まり。紅殻格子とすだれの典型的なお茶屋が軒を連ね、独特の風情が楽しめる。江戸末期から明治初期にかけて建てられた洗練された町家が連なるが、約7割が伝統的な家屋となっている。

平安京以前からの歴史を有する嵯峨野。嵯峨野の西北に位置する鳥居本地区は、室町末期頃に農林業をや川での漁を主体とした集落として開かれた。江戸時代には愛宕神社に参拝する愛宕詣の門前町として発展した。現在も愛宕街道に沿って藁葺き屋根の民家が自然と溶け合いながら軒を連ねる。鳥居本とは愛宕神社の一の鳥居があることがその名の由来。一の鳥居近くにある「京都市嵯峨鳥居本町並み保存館」は、明治期に建てられた民家を再生したもの。昭和初期の愛宕街道の町並みを精密に復元した模型が展示されている。

上賀茂神社の境内を流れるならの小川が明神川と名を変えて東に流れ出る。その明神川に沿って上賀茂神社の神官たち(社司と氏人)が暮らした屋敷である「社家」が建ち並んでいる。これが上賀茂神社の東側に築かれた室町時代からの門前集落(社家町)で2.7haが国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。妻飾り社家主屋とこれを囲む土塀や瓦葺きの門、さらには庭園や樹木が静寂な環境を生み出している。社家は川に架けられた橋を渡って門を開きなかに入る独特の構造で、明神川の川の水は庭に取り込まれている。社家の内でも「西村家別邸」だけは一般公開されていて、庭園や家屋を見学することができる。

東山のふもと、熊野若王子神社から銀閣寺に至る琵琶湖疏水沿いの約1.8kmの小道。哲学者・西田幾多郎が散策し、思索にふけったことからその名が付き、「日本の道百選」にも数えられる。春は桜、夏は新緑、秋は紅葉が楽しめ、四季を通じて風情を楽しめる道だ。車の場合は市営銀閣寺駐車場に車を入れ、北から南へと歩くのがいいが、満車のことも多い。

明治34年に舞鶴に鎮守府が創設され、旧日本海軍の日本海側の中心的な基地として機能する。東舞鶴の北吸地区には、鎮守府の名残りである明治期に建造されたレンガ建築が9棟、大正時代のものが3棟現存し、赤れんが倉庫群と呼ばれている。明治36年に舞鶴海軍兵器廠魚形水雷庫として建てられたものは「赤れんが博物館」として、雑品庫並損兵器庫は、「舞鶴市政記念館」、武器庫が縄文丸木舟や市指定文化財・糸井文庫を展示する「まいづる智慧藏」として再生している。2棟は舞鶴倉庫が、7棟は海上自衛隊舞鶴総監部が現役の倉庫として活用している。一帯は「赤レンガパーク」として整備されることが決まっている。倉庫群に沿って明治時代に敷かれた赤レンガと花崗岩の舗装路も復元されている。花崗岩を4列に敷き並べ、その間にレンガを敷いたもの。また赤レンガ造りの建物は黄昏時になるとガス灯風の街灯が灯り、なんともロマンチック。建物はそれぞれ違った趣向でライトアップされている。『男たちの大和/YAMATO』(平成17年・佐藤純彌監督、反町隆史主演)や『バルトの楽園』(平成18年・出目昌伸監督、 松平健主演)などの映画やテレビドラマのロケ地ともなって場所だ。

舞鶴市の西地区を流れる高野川河口の竹屋町にある倉庫群。これは、藩政時代から明治時代まで廻船業を中心に栄えた町並みが残るもので、大壁造り土蔵が軒を連ねている。川沿いをのんびり散策して風情を楽しみたい。

その名の通り、美しい緑の山々に囲まれた南丹市美山町。なかでも北の集落は、全世帯の半数以上が茅葺き民家で、国の伝統的建造物群保存地区に指定されている。背後には北山杉が林立する山が迫り、茅葺きの屋根の家並み、田んぼに小川と、まさに日本の原風景を感じさせる。江戸初期の築造で、林業村落の家屋形式である北山型民家としては最古の石田家住宅や、江戸後期の豪農の館・小林家住宅(ともに国の重要文化財)、民俗資料館なども見学可能だ。

平安時代、貴族の別荘地として利用された宇治。時の関白、藤原道長・頼通父子の別荘地であり、豪華絢爛な平等院はその遺構。道長と親交が深い紫式部もしばしば来訪、当地を『源氏物語』最後の十巻「宇治十帖」の舞台に選ぶ。ゆかりの史跡が随所に残され、それらを結ぶ小径も整備。宇治神社から続く石畳の「さわらびの道」には、起終点に「早蕨」、「総角(あげまき)」の碑と、途中には源氏物語を詠み才能を開花した与謝野晶子の歌碑も立つ。

市内中央を貫く宇治川。古くから大坂、奈良を結ぶ交通の要衝で、646(大化2)年には最初の宇治橋が架橋。古代三大橋のひとつといわれたが、現在の橋は近年の再建。なかほどに張り出した「三之間」は、かつて宇治橋の守護神、瀬織津姫(橋姫)を祀った場所で、現在その祠は橋姫神社として移転。また川に浮かぶ2つの中洲を宇治公園として整備し、松や紅葉などを植栽。春には桜に彩られる朝霧橋、重要文化財の十三重石塔などが見もの。

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