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第2次世界大戦末期、本土決戦に備えて、大本営(だいほんえい)や政府中核を松代に移すという計画のもとに掘られた大地下壕が、松代象山地下壕(まつしろぞうざんちかごう)。秘密裏に工事が開始されたのが、昭和19年。当時にして約2億円の巨費と、朝鮮人労働者など、敗戦までのべ300万人もの労力が投じられた。碁盤目状に掘られた総延長は6kmにもおよぶが、西条恵明寺口の500mの区間に照明が付き、公開されている。

安曇野市の穂高地区を流れる穂高川沿いには穂高川わさび園と称して、数多くのわさび田がある(環境省の名水百選に指定の「安曇野(あずみの)わさび田湧水群」)。そんな安曇野らしい風景のなかに『早春賦』の歌碑は立っている。大正の初年、安曇野にやってきた吉丸一昌は、穂高川の川沿いの土手を歩きながら、ふと「春は名のみの風の寒さや」と口ずさんだとか。その場所に立てられたが、早春賦歌碑。

カラマツ林が美しい、旧軽井沢エリア・六本辻の近くにあり、軽井沢霊園の一角に、いくつかの十字架が立つ。かつて軽井沢に移り住んだ外国人やその家族の墓で、19世紀〜20世紀に立てられたもの。古びた十字架に軽井沢の歴史がしのばれる。ここから8分ほどで、白樺、モミジなどに囲まれた雲場池(くもばいけ)に着く。

二手橋から軽井沢ユースホステル方向に5分ほど歩いた、矢ヶ崎川の河畔に立てられた作家・室生犀星(むろうさいせい)の文学碑。昭和35年秋、『かげろふの日記遺文』で「野間文芸賞」を受賞(昭和34年12月)した記念に、犀星が自らが設計し建立したもの。碑文は詩「切なき思ひぞ知る」。碑の向かいに置かれた2体の傭人(ようじん)は、犀星が満州旅行の帰路、釜山(プサン)で買い求め、東京の自宅にあったものを移した。昭和6年に建てられ、亡くなる前年の昭和36年まで夏を過ごした別荘は、「室生犀星記念館」(ゴールデンウィークおよび7〜9月のみ開館)として保存されている。

犀川と千曲川に囲まれた文字通り島のようになった部分が川中島。甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が死闘を繰り広げた川中島合戦の主戦場は八幡原史跡公園として保存されている。一騎討ちを模った銅像や、謙信が3回斬りつけ信玄の軍配に7ヶ所の刀傷をつけたという「三太刀七太刀之跡」の石碑がある。NHKの大河ドラマ『風林火山』でもハイライトはこの合戦。武田軍は軍師・山本勘助の作戦に頼るが、上杉軍に見破られ、勘助も戦死する。

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