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平安時代から修験者が集うなど、信仰の地だった戸隠(とがくし)。その中心となるのが中社(ちゅうしゃ)で、宝光社(ほうこうしゃ)、奥社とあわせて戸隠神社という。うっそうとした杉並木の参道を進むと、昭和30年に再建された重厚な唐破風入母屋造りの社殿がある。戸隠神社御神籤(おみくじ)は、自分の年齢を神官に伝えてから授与されるユニークなおみくじ。伝統の太々神楽は、月並祭、例祭などで奉納されるが見学は無料。

奥社バス停から森のなかにのびた参道を、約2kmたどった戸隠(とがくし)山中腹にある。祭神は「天の岩戸」を実際に開けた強力の持ち主、天手力男命(あめのたぢからおのみこと)で、御利益は五穀豊穰、心願成就。左手の神社は、水神・農商神の九頭竜社。奥社裏ののこぎり状の戸隠山の山陵は、山岳信仰の昔を彷彿とさせる。随神門から奥社へ続く参道の杉並木も、見事。1612(慶長17)年に江戸幕府から千石の朱印地を拝領した際、植樹されたもので約300本の杉が並んでいる。

太古、北九州に栄えた海洋民族で、7世紀頃安曇野(あずみの)に移住し開拓したと伝えられる、安曇族の祖神(おやがみ)、穂高見命(ほたかみのみこと)を祀る神社。境内には、穂高見命の化身である泉小太郎の像があるが、南方系のサイに乗るというユニークなもの。手を取り合った男女の神様(双体道祖神)が描かれた「道祖神お守り」は、安曇野らしい人気の授与品。交通安全に御利益が大だとか。海人族の伝統を感じさせる「御船祭」(御船神事例大祭)は、9月27日に行なわれる。境内の「御船会館」には穂高神社例祭で引出される御船などが展示されている。

諏訪湖周辺にある4つの諏訪大社のなかで、もっともにぎわいをみせるのが、諏訪大社下社秋宮(しもしゃあきみや)。鳥居左側の宝物殿には、源頼朝直筆の下文(鎌倉時代の公文書)もある。社殿の四隅に立つ御柱(おんばしら)は、霧ヶ峰から10kmもの道のりを切り出したもので、長さ16m、重さ16tの巨木。「一の御柱」は一番太く大きいので見応えも十分だ。鳥居正面の御神木「根入りの杉」も必見だ。古代から長い伝統を誇る御柱祭は、7年に一度。次回は平成22年に行なわれる。

岩村田商店街から徒歩10分ほどの場所に建つ。地元に密着した稲荷神社だが、実は京都・伏見稲荷の分社。創建は1680(文政4)年で、愛知の豊河稲荷、茨城の笠間稲荷と並ぶ古社だ。伏見・豊川・笠間 (茨城)・祐徳(佐賀)とともに五大稲荷に数えられている。巨木に囲まれた鮮やかな朱塗りの鳥居、京都・清水寺の舞台を思わせる懸崖(けんがい)造りの社殿などが、長い歴史を感じさせる。2月最初の午の日は、初午祭としてダルマ市が行なわれ、多くの露店が出てにぎわう。

もともとは諏訪大社の社房で、中世には、諏訪氏の祈願所となった。山門は対岸の高島城を望むかたちで建てられてる。井上靖の著『風林火山』では、諏訪頼重の娘・由布姫(ゆぶひめ)は、諏訪氏滅亡の際に、14歳で信玄の側室となり、19歳で勝頼を生み、その後、病気の療養を兼ねて緑豊かな観音院で暮らしたが、病のため1555(弘治元)年、25歳で夭逝したことになっている。平成19年の大河ドラマ『武田信玄』では、武田・諏訪両家の跡継ぎを生んでほしいとの勘助の説得を由布姫が受け入れた結果、勝頼を生むというストーリー。境内には由布姫の供養塔である「諏訪御料人供養塔」がある。本尊の木造十一面観音坐像は1506(永正3)年。1715(正徳5)年再建の観音堂に安置されている。一帯は、小坂観音院寺叢として岡谷市の天然記念物に指定されている。天然記念物の柏槇は空海の手植えと伝えられ、樹齢1200年以上。カエデ・ナラ類なども多いので新緑、紅葉も見事だ。5月中旬から秋にかけてはこの寺の森で、ブッポウソウが子育てを行なう。隣接の小坂公園に昭和44年から植栽を開始したアジサイも800株になり例年7月上旬〜7月中旬には見事に咲き誇る。参道には樹齢400年を越えるサワラの並木がある。

『古事記』にも記される古社。信濃国一の宮で、諏訪湖の南北に2社ずつ、4ヶ所に鎮座するが、上社本宮は、原生林で知られる守屋山の山麓に位置する。古くから武田家の信仰があり、信玄の時代、諏訪攻略に成功してからは手厚く保護された。拝殿の奥に本殿はなく、守屋山そのものが御神体。祭神は、建御名方神(たけみなかたのかみ)と八坂刀売神(やさかとめのかみ)で、農業振興、武運長久の神様として庶民や武将の信仰を集めた。社殿は、1582(天正10)年に織田信長軍の兵火で焼失し、1617(元和3)年に再建。現存する社殿は1838(天保9)年築のもので、そのとき旧社殿は乙事諏訪神社(現・富士見町乙事)に移築している。四脚門(勅使門)は、1608(慶長13)年に徳川家康が寄進したもの。上社例大祭は、4月15日の御頭祭(おんとうさい) 。

諏訪大社4社の中で最初に建てられ、諏訪信仰の発祥の地。井戸尻遺跡、尖石遺跡などの遺跡群が残る八ヶ岳の山すそに位置している。境内の大半を占める広場を神原(ごうばら)と呼び、かつては大祝(おおほおり=諏訪明神が自分の体として選んだ男児で諏訪大社の現人神)の居館である神殿(ごうどの)の建物が建っていた。現存する社殿は昭和7年に伊勢神宮の貴重な用材を使って建られたもの。

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