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坂本国際墓地は、明治21年に開設された外国人墓地。トーマス・グラバー夫妻、その息子の倉場富三郎夫妻、英語教育にも貢献したスタウトなどが眠っている。また、自らも被爆しながら被爆者のための医療活動を続け、『長崎の鐘』や『この子を残して』などの著者としても知られる永井隆博士の墓もある。

長崎から18.5km、野母崎近くの海上にある周囲1.2kmの島が軍艦島(正式名は端島)。もともとは水成岩の瀬だったが明治23年に島を買い取った三菱は本格的な海底炭坑として採掘に着手。島の周りに10m内外の護岸壁を築き、島内にコンクリートの建築物を積み重ねるように建築。海上から眺める姿が戦艦「土佐」に似ていたことから軍艦島と呼ばれるようになった。炭鉱は昭和49年1月に閉山し、現在では立入禁止の無人島となっている。長崎港から出航するやまさ海運の遊覧船(不定期)や野母崎航路(定期船)から間近に眺められる。

平和公園の平和祈念像は、原爆犠牲者の慰霊と世界恒久平和の願いを込めて、被爆10周年にあたる昭和30年8月9日に完成。高さ9.7m、重さ30tの青銅製で、天を指す右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和を表し、軽くまぶたを閉じ、犠牲者の冥福を祈っている。長崎出身の彫刻家・北村西望氏の作品だ。この地に人類史上2番目の原子爆弾が投下されたのは昭和20年8月9日午前11時2分のこと。市北部の緑広がる園内には原爆落下中心地があり、平和を願うモニュメントなどが点在する。平和の泉は被爆者たちのめい福、世界恒久平和と核兵器廃絶の願いを込めて建設されたもので、石碑に被爆した少女の手記が刻まれている。

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