昭和38年に開設された日本学生航空連盟の妻沼(めぬま)滑空場。赤岩の渡し(葛和田の渡し)に隣接した利根川の河川敷に広がるのどかなロケーションだが、滑空時間と飛行回数では、ともに日本一を誇る。また毎年3月には「全日本学生グライダー競技選手権大会」も毎日開催。全国の予選を勝ち抜いた大学が、個人と団体で学生王座を競い合う。
妻沼聖天(めぬましょうてん)で知られる古刹で静岡県小山町の聖天堂、三重県桑名市の桑名聖天(大福田寺)と並んで「日本三大聖天」に数えられている(東京・浅草の待乳山聖天、奈良の生駒聖天とする説もある)。1179(治承3)年、妻沼を中心とした武蔵国長井庄の庄司、斉藤実盛(さねもり)が、館に近い場所に大聖歓喜天(聖天)をまつり、聖天宮を開いたのが始まり。1197(建久8)年には別当坊歓喜院長楽寺も建立し、歓喜院に十一面観音、聖天宮に御正躰錫杖頭を寄進して、これが本尊となる。 慶長年間には徳川家康により保護され、繁栄、現在は開運、魔よけ、縁結びの神様として親しまれている。見物は貴惣門、本殿、仁王門など数多いが、残念ながら国重要文化財に指定された本殿は平成20年まで改装中。
誠之堂、清風亭ともに地元出身の偉人、渋沢栄一が設立した旧第一国立銀行ゆかりの建物で、旧第一銀行(旧第一勧業銀行)の敷地にあったものを移築復元。誠之堂は大正5年、渋沢栄一の喜寿を祝って建てられた洋館で、「西洋の田舎屋」をイメージ。外観はイギリス風ながら、装飾には中国の故事にちなんだステンドグラス、天井の漆喰には朝鮮風の雲や鶴が描かれ、また網代天井など数寄屋造りの様式も取り入れている。また基礎解体の際に上敷免製と記された刻印煉瓦が見つかったことから、レンガは日本煉瓦製造で焼かれたものであることがわかる。
星渓園は熊谷の発展に寄与した、竹井澹如(たけいたんじょ)が別邸「池亭」としていた場所。群馬県生まれの竹井澹如は、熊谷宿の本陣竹井家を継ぎ、初代埼玉県議会議長を務めた人物。慶応年間から明治初年に造営された回遊式庭園で、一般に公開されのんびりと散策を楽しむことが可能。総面積3613平方メートル庭園には、1020平方メートルの池を中心に、100数十種の植物が植栽され、四季折々の花が楽しめる。池は1629(元和9)年に荒川の洪水により星渓園の西側の土手が切れて生じたもので、清らかな水が湧き「玉の池」と呼ばれている。庭石や石造美術品の燈籠、層塔が配されている。
日本煉瓦製造株式会社の敷地内にある明治20年築の洋館。明治政府が計画した洋風建築による庁舎建設のため招かれたドイツ人技師の住居としても使用された。敷地内の明治40年に建造されたホフマン輪窯6号窯や煉瓦造りの旧変電室があり、国の重要文化財に指定されている。レンガ造りの多い深谷市では、「レンガを活かしたまちづくり」事業を推進中だ。
近代日本を支えた明治時代の大実業家、渋沢栄一は、1840(天保11)年、現在の深谷市血洗島(ちあらいじま)の農家に生まれた。その渋沢栄一の記念館で、第一国立銀行創立をはじめ設立に関わった企業は500社という輝かしい業績を紹介している。渋沢栄一の写真、伝記資料、 貴重な肉声テープなど、展示内容は興味深いものばかり。

