プチたび > 取材班ブログ > 2009年7月 の記事

200907190101.jpgある夜銀座の酒場の帰りに、飲みすぎたためか私は道に迷って泰明小学校の前に出てきてしまったことがある。私は、泰明小学校の校門のフランス門や校舎に絡まるツタが好きであったが、だがしかし、いまは真夜中のこととてすべてが判然とはしない。それに、確か校門のそばに「島崎藤村 北村透谷 幼き日 ここに学ぶ」という碑があったはずなのだが、などと考えながら、少々の千鳥足で私は歩いていく。

200907180501.jpg国の重要文化財に指定される香川県観音寺市の豊稔池堰堤(ほうねんいけえんてい)。毎年6〜8月の間に、たまった水を抜くという「ゆるぬき」が行なわれているが、2009年は7月23日(木)9:00に「ゆるぬき」作業を開始。「ゆるぬき」は7月24日(金)の昼頃まで見ることができる。

200907180401.jpg吉田[吉多・義田・好田・喜田・良田・慶田・能田・芳田・由田・葭田・吉灘・誉士太]
吉田さんのルーツは京都の吉田神社が有名

「吉田兼好って知っているかい?」ある晩、居酒屋でそんな話題が出た。「徒然草の作者だろ。徒然なるままに、日暮らし硯に向かいて──」中学のとき暗記でもさせられたのか、スラスラと口をつく。「その吉田兼好だがね、本当は卜部(うらべ) 兼好というんだよ。兼好がいた時代はまだ吉田姓になっていなかったんだ」「卜部というのは塚原卜伝の“卜(ぼく)” みたいな字だろ。そうすると、塚原卜伝もやがて吉田という苗字になるのかね?」これだから酔っ払いと話すのはイヤである。

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島根県松江市と言えば明治の文豪小泉八雲こと、ラフカディオ・ハーン(Lafcadio Hearn)の愛した町。 小説集『怪談』も松江での取材のものも多く、普門院の門前にかかる小豆とぎ橋で謡曲『杜若』を謡うと怪異が起こる、中原町にある大雄寺の墓場の「飴を買う女」などが記されている。「地元の語り部が、静かに思いを込めて、怪談の世界にご案内します」という『松江ゴーストツアー〜闇夜・・・小泉八雲が再話した「怪談」ゆかりの地を訪ねて』カラコロコースは、ぶらっと松江観光案内所(松江城山公園内)18:10集合→松江城のギリギリ井戸(崩れる石垣)→城山稲荷神社→志賀直哉堀端の住まいの跡→四十間堀周辺→月照寺(元人食いの大亀)→清光院(消えぬ芸者の足跡)→大雄寺(子育て幽霊話)→タクシーで移動→松江城21:00頃(解散)と散策するもので、参加費は1500円(大人、小人同額/拝観料・タクシー代込み)。

エクセル航空では、2009年の夏休みに親子で楽しむ『ヘリコプター教室&フライト』を実施。ヘリコプターには乗った人にしかわからない浮遊感覚、そして格納庫などには独特の高揚感がある。それを親子で体験しようというもの。 へリコプターの仕組みの上映、ヘリの前での記念撮影、そして東京上空ヘリクルージング ドリームコース(約15分/舞浜〜お台場〜東京タワー〜銀座〜皇居〜秋葉原〜舞浜など)がセットで親子2人で1万という手軽な料金。人数追加の場合は大人7000円、小人(3歳以上12歳まで)3000円。

200907180301.jpg夏になると待ってましたとばかりに登場する稲川淳二。十八番(おはこ)の怪談だ。富士急ハイランドで人気のホラーアトラクション『棺桶劇場』が全面リニューアルして『稲川淳二の棺桶劇場』として2009年7月18日(土)オープン。

200907180201.jpg「今年開業10周年を迎える戦慄迷宮ですが、実は、もう止めようという話があったんです。ギネスに登録された世界最恐のお化け屋敷ですが、長くやっているとマンネリ化もします。最大の問題は、亡霊のモチベーションの低下なんです(苦笑)」と語るのは富士急行の堀内光一郎社長。

200907180101.jpg2009年7月17日(金)、富士急ハイランドで新アトラクション『鉄骨番長』がプレス向けに公開された。「天空の回転ブランコ」という冠がついているように、高さ59mのタワーの周囲をブランコがぶるんぶるんと回転するもの。「高さ50mを超える大型の回転ブランコは日本初登場」とのこと。

09071101.jpg2009年7月11日(土)11:00から「福島県八重洲観光交流館」がオープンします。場所は東京駅八重洲口から徒歩2分、八重洲ブックセンターにも近くアクセス至便です。福島県内の物産約190品目を展示販売するほか、観光案内所として県内各地の主要観光地のパンフレットなども揃っています。


200907090101.jpg『信州沓掛から浅間山の東麓を経て上州に入り、六里ヶ原を通って草津に至る道は、およそ十里といふものであらうか。途中昼飯や何かで二三度は掛茶屋に休んだものの、ともかく丸一日窮屈な櫓の上に揺られていくのはかなりの難業だったが、幸ひ馬子が気立てのいい人柄で、昔話などきかせてわたしをよくいたはってくれた。草津の宿に着いたのは、永い夏の日も暮れかけた頃で、祖母が馬子へ定めの賃銀の外に酒手をはずんだらしく、宵闇の庭木の蔭につながれた二頭の馬と、もっきりをひっかけた二人の馬子の赭ら顔が目の前に浮んで来る』(吉野季雄著『草津湯治昔咄』より)。


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