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201003260201.jpg前田[前多・前甸・毎田・直栄田・真枝・真栄田・馬栄田・麻殖田]
加賀百万石の前田氏をルーツに持つ前田さん
犀川と浅野川に挟まれた加賀百万石の金沢は、かつての城下町の姿をそのまま今に伝えている。代々の藩主である前田氏が愛した名勝兼六園、前田家代々の墓が並ぶ野田山、前田利家を祀る尾山神社(「梅鉢紋」)、前田利常の正室珠姫を祀る天徳院(「梅鉢紋」)、前田家ゆかりの美術工芸品が展示される成巽閣(せいそんかく)、菅原道真などを祀る金沢神社(「梅鉢紋」)、徳川家康を祀る尾崎神社(「葵紋」)、寺の門に「梅鉢」を記す妙立寺など、前田氏と梅鉢紋にすっぽりと囲まれた金沢である。

2010年3月13日(土)より、東京〜富山・金沢間でJRバス関東西日本JRバスが『青春ドリーム金沢号』(4列シート)の運行を開始します。


(下り)東京駅八重洲南口23:10→富山駅6:30・金沢駅7:40
(上り)金沢駅22:30・富山駅23:44→東京駅八重洲南口6:43
ともに上里SA、有磯海SAで10〜15分の休憩があります。

往復割引、回数券、学生割引はありませんが「早売5」(500円引)、「ネット割」(2%引)があります。「早売5」は、金曜、土曜、日曜、祝日及び祝前日並びに繁忙期間(2010年3月13日〜4月4日、4月28日〜5月9日)は割引適用外日となります。
座席指定制で乗車券は乗車日の1ヶ月1日前10:00から発売。
空席照会・予約・決済は高速バスネットでも可能です。
車輌はハイデッカーの4列シートがメインとなります。

JRバス関東TEL03-3844-0496(10:00-18:00)
西日本JRバスTEL076-234-0111(9:00-19:00)



200912300101.jpg林[拝師、拝志、拝司、拜司、拝四、早、早司、早志、早矢、早矢仕、早矢止、速司、壙、晨、麓]
林さんのルーツを各地の“ハヤシ”に訪ねて

林忠崇(ただたか)は信義の人であった。
時は幕末、風雲急を告げる慶応三年(1867)、当時江戸詰めであった上総請西(じょうざい)藩主林忠崇のもとにも「大政奉還」の一報が慌ただしくもたらされた。このとき二十一歳の忠崇は、徳川三百年の恩顧に報いんと徹底抗戦を決意。徳川親藩が次々と官軍側につく中、なんと忠崇は自ら藩主の座を捨てて脱藩し、総督として官軍に立ち向かった。富津、佐貫、勝山、館山と進軍、海路伊豆を目指し、箱根、奥州と転戦したが、とき利にあらず、ついに明治元年(1868)仙台にて降伏。全国でただひとつ請西藩は取り潰しとなる。  初期に陣屋のあった貝渕陣屋跡(木更津市貝渕)と、二代林忠旭(ただあきら)の時に場所を移した真武根(まぶね)陣屋跡(木更津市請西)が残されている。
いずれにしろ林忠崇を除いて、戊辰戦争で大名が先頭に立って奮戦したことなど、他に例をみない。昭和十六年(1941)、忠崇死去。享年94歳。忠崇の死が、わが国最後の大名の死でもあった。

■納めの水天宮
毎月5日は水天宮のご縁日。師走の縁日は、『お納めの水天宮』として一年間の無事を感謝して、古いお札を納めます。水天宮は、安徳天皇と建礼門院に仕えた官女の按察使局(あぜちのつぼね)が壇ノ浦の合戦の安徳天皇入水後、筑後川のほとりに祠を建てたのが始まり。ただし、本家の全国の水天宮の本社である水天宮(久留米市)では納めの水天宮は行なわれません。江戸時代に9代藩主・有馬頼徳が久留米から分霊をして、江戸屋敷内に祀ったのが始まりという東京人形町の水天宮で齋行されます。ちなみに人形町にある水天宮の宮司は、有馬家第17代当主・有馬頼央(よりなか)氏で、競馬の『有馬記念』を創設した頼寧氏の孫にあたります。世が世なら、お殿様という人が神職という久留米藩ゆかりの社なのです。
中央区の水天宮で『お納めの水天宮』

■あえのこと
『あえのこと』とは、能登半島一帯に伝わる田の神の行事。もともとは旧暦11月5日に行なわれましたが今は12月5日に執り行なわれています。奥能登のあえのことは、古式と厳格さをとどめており、きわめて貴重なもので、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。「あえ」は饗応、「こと」は祭りを意味する言葉。目の見えない田の神様を家に迎え入れ、海の幸・山の幸で供応し、来年の豊作を祈ります。田の神様は夫婦ということで、膳も二膳用意。座敷の神座(種籾俵)に案内し、まずは風呂へ案内して田の神様に入浴していただいた後、お座敷に食膳を用意しくつろいでもらうという段取り。田の神様は、その家で年を越すと信じられており、「田の神送り」の『あえのこと』が2月9日(本来は旧暦正月9日)に行なわれます。奥能登の『あえのこと』は2008年7月30日に文化庁からユネスコ無形文化遺産への登録が提案されています。
珠洲市で『あえのこと』
能登町の柳田村植物公園で『あえのこと』
輪島市で『あえのこと』


200906250401.jpg斎藤[齋藤・齊藤・斉藤・斎頭・斉頭・斉塔・西藤・西東・西当・西塔・妻藤・才藤・在藤・歳桃・済藤・犀藤・細藤・際藤・佐囲東]
斎藤実盛と斎藤道三、“善と悪”どちらも斎藤さんの祖先です

 「このあいだ、墓石を立てましてね」と知人の斎藤さんが言った。「ところが、出来た墓石が“斉藤”になっていたんですよ」と、斎藤さんは居酒屋の伝票の裏に“斉”と言う字を書いて見せた。きっと、これは大ごとになる。斎と斉ではまるで意味が違うから、墓石は立て直しになるに違いないのだが、ここでは常用漢字の“斎藤”さんに、多岐にわたる“サイトウ”を代表してもらって、そのルーツを探す旅に出掛けてみよう。

「日本の中心」とか、「日本のまんなか」を名乗る場所は数あります。ですが、国土地理院が「日本の重心」と認める場所は、ただの1ヶ所です。では、何を根拠にそこが重心といえるのでしょうか?

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