阿部[阿倍・安部・安倍・阿辺・安辺・阿拝・阿閇・阿陪・阿辺・敢]
古代大和飛鳥地方で栄えた阿部一族が阿部さんのルーツである
森鷗外の小説ではないが、阿部、阿倍、安部、安倍などの阿部一族は、孝元天皇の皇子大彦命(おおひこのみこと)の子孫と伝えられる豪族である。阿部姓の発祥は、安倍文殊院で知られる大和国十市(といち)郡阿倍が有力だが、大和国葛下(かつらぎしも)郡阿倍や、穴石神社のある伊賀国阿拝郡、攝津国東成(ひがしなり)郡阿倍野など様々な説がある。また、“アベ”の語源は饗(あへ)で、神をもてなす「饗へ」からきているという。
では、阿部氏のルーツを訪ねる旅に出掛けよう。最初に訪れるのは古代阿倍氏の一大本拠地であった、大和国十市郡阿倍(桜井市阿部)であろうか。
■初地蔵
毎月24日は地蔵菩薩の縁日で、1月24日は『初地蔵』です。
→由利本荘市の折渡千体地蔵尊で『初地蔵かんじき詣』(秋田)
→とげぬき地蔵尊例大祭(東京)
→川口市の錫杖寺で『初地蔵』(埼玉)
→関地蔵院で『初地蔵』(三重)
→橋本市の子安地蔵寺で『初地蔵』(和歌山)
→五條市の生蓮寺で『初地蔵』(奈良)
→宇部市の北向地蔵尊で『北向地蔵大祭(寒詣り大祭)』(山口)
→西都市の石野田火除地蔵堂で『石野田臼太鼓踊』(宮崎)
■初愛宕
毎月24日は愛宕権現(あたごごんげん)の縁日。1月24日は『初愛宕』です。愛宕山の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神で地蔵菩薩を本地仏とするため、地蔵菩薩と同じで24日が縁日となります。
→綾部市の坂本神社で『愛宕山火祭』(京都)
→松阪市の愛宕山龍泉寺で『愛宕市』
(三重)
■初大師
空海(弘法大師)は835(承和2)年3月21日(旧暦)に入寂しており、毎月21日が縁日となっている。1月21日は初大師(はつだいし)。全国各地の空海ゆかりの寺では初大師として護摩が焚かれたりします。醍醐天皇から「弘法大師」の諡号が贈られたのは死後80年以上がたってから。
→館山市の遍智院小塚大師で『初大祭』(初大師)(千葉)
→西新井大師で『初大師』(東京)
→鎌倉市の青蓮寺で『初大師』(神奈川)
→川崎市の川崎大師平間寺で『初大師』(神奈川)
→多気町の丹生大師(神宮寺)で『初大師』(三重)
→楞厳寺で『初弘法柴燈不動大護摩祈願(初大師)』(京都)
→京都市の東寺で『初弘法』(京都)
→奈良の西大寺で『初大師供』(奈良)
■鏡開き
正月に年神に供えた鏡餅を割り、雑煮や汁粉にして食べる風習。「鏡」は円満を、「開く」は末広がりを意味しています。「割る」という言葉は縁起が悪いため、意図して「開く」にしているわけです。江戸時代、幕府は1月11日 (旧暦)を鏡開きとしていたため、現在でも1月11日を鏡開きとする場所が多いのです。神事での酒樽の蓋を開くことも鏡開きといいますが、これは酒樽の上の部分を鏡と呼ぶため。地域によっては松の内(年神様がいらっしゃる期間)が15日までだったりする場所もあり、20日に鏡開きが行なわれることもあります。
→伊勢市のおかげ横丁で『鏡開き』
■一一一忌(一・一・一忌)
作家で、明治大学文芸科初代科長、戦後は参議院議員を務めた作家山本有三は、1974年1月11日没。『真実一路』、『路傍の石』などの著作で知られています。生誕地である栃木市と、ゆかりの三鷹市にそれぞれミュージアムができています。菩提寺は栃木市の近龍寺です。
→栃木市の近龍寺で『一・一・一忌』(一一一忌)
■十日戎(十日えびす=初えびす)
おもに西日本のえびす神を祀る神社で、1月10日に齋行されるのが『十日戎』。前日の1月9日を宵えびす、1月10日を本えびす、11日を残りえびすと称しています。笹に縁起物を吊したものを販売する露店が出ます。十日戎を象徴するのが、神社から授与される小宝で、「吉兆」(きっきょう)と呼ばれています。西宮神社では『十日えびす』の「本えびす」の朝、4:00〜『開門神事福男選び』(開門神事)が行なわれます。これは毎年テレビのニュースに必ず登場しますね。
→大阪市の今宮戎神社で『十日戎』
→東大阪市の布施戎神社で『十日戎』
→長浜市の豊国神社で『十日戎』
→福岡市の十日恵比須神社で『正月大祭』
→京都市のゑびす神社で『初ゑびす』(十日ゑびす大祭)
→佐賀市の佐賀恵比須神社で『十日恵比須』
→丹波市の八柱神社で『えびす祭り』
→茨木神社で『十日戎』
→京都市の八坂神社で『祇園のえべっさん』
→綾部市の熊野新宮神社で『綾部初えびす大祭』
→大阪市の堀川戎神社で『十日戎』
→大洲神社で『えびすまつり』(十日えびす)
→徳島市の事代主神社で『えびす祭』
→西宮市の西宮神社で『十日えびす大祭』
→堺市の菅原神社で『戎祭』
→伊万里市で『招福伊万里えびす祭り』
→佐川町の恵美須神社で『えびす祭り』(佐川十日えびす)
→淡路市の事代主神社で『十日戎』
→淡路市の石屋神社で『十日戎』
→東大阪市の石切劔箭神社で『十日戎祭』
→宮津市の智恩寺で『文殊堂十日えびす』
→伊勢市のおかげ横丁で『十日戎練り歩き』
→中津川市の西宮神社で『例祭・十日えびす』
■初金比羅
毎月10日は金比羅様(こんぴら)の縁日。1月10日は初金比羅となります。
→金刀比羅宮で『初十日祭』(初こんぴら)
→八王子市の子安神社で『初金刀比羅』
→安井金比羅宮で『初金比羅祭』
→越前町の金刀比羅山宮で『初金刀比羅祭』
→虎ノ門金刀比羅宮で『初こんぴら祭』
■初庚申
「庚申」とは「かのえ・さる」で60日に1回巡ってきます。2010年は1月10日が初庚申、3月11日が二庚申、5月10日が三庚申、7月9日が四庚申、9月7日が五庚申で、11月6日が納庚申となります。
→南丹市の京都帝釋天で『初庚申』
→浜松市の庚申寺で『初庚申大祭』
→大阪市の四天王寺で『初庚申』
松本[松元・末本・枩本・梥本・待本・満津元]
松本さんのルーツは信濃国であるのだが?
「松本さんの家の家紋は何ですか?」と居酒屋の女将がカウンターの客に訊いた。多分、松本という人らしい客は、「“松皮菱”ですよ。松ぼっくりみたいなこんな形」と、名刺の裏に松皮菱を描いて女将に見せるのであった。
今度は、女将はカウンターの反対側に座っていた私に向かって、「ねえ、同じ松が付く苗字の人たち、例えば松村とか、松尾、松田なんて家紋はみんなその“松皮菱”なの?」。私はビールを飲みながら、「みんな松が付く姓だから紋も松に関係しているものが多いけれど、松村、松尾、松田なんかは“三階松”かな。松村姓の人にも三階松の家紋は結構いるよ」と言う。女将は煮込みを私の前に出すと、「三階松ってどういうの?」と訊く。そこで私はカウンターの上に置いてあった店の伝票の裏に、「親松の上に子松、子松の上に孫松と、松が三階に重なってなっているんだよ」と、三階松を描いて見せるのであった。
ヘエという顔つきでその絵を見ていた女将は、顔を上げて、「ところで、松平も“松”に関係した家紋なの?」。「松平は“葵”の紋さ」と私はあっさり言う。
「それはそうね」と女将は少し笑いながら、次に松本氏を見た。「で、松本さんという苗字のルーツは何処なんですか?」と訊くのだが、カウンターの松本氏は、まるで知らないと答えるのであった。そこで女将は「きっと、長野県の松本よ、そうに決まっているわ」と、わけ知り顔で頷くのである。
加藤[下藤・佳藤・可藤・嘉藤・賀藤・河藤・香藤・荷藤・加唐・加当・勝刀・香東]
あなたのルーツは加藤清正や嘉明といった武人たちか、それとも──
いまどき酒でも飲みながら、加藤清正公虎退治の話などする人などあるはずもないな、というような話を皆でしていたことがある。すると、清正もいいが、自分の先祖なら、小田原征伐や朝鮮出兵で知られる加藤嘉明(よしあきら)のほうがいいと口を挟んだ人がいる。いや、やっぱり、文禄の役で虎を退治して日本に持ち帰った清正はすごいぞ、と誰かが反対する。別の人が口を挟み、ところで、清正の幼名は虎之助といったんだぜ、知ってるかい?──酒を飲みながらそんな話が続いていたが、それにしても加藤姓には立派な武将が多いのはうらやましいことである。
伊藤[伊東・井藤・井東・井遠・伊統・依藤・位登・位頭・威藤・夷藤]
伊藤さんと伊東さんのルーツは違うのか?
2、3年前に、山口県美祢市にある景清洞に行ったことがある。総延長1745mの景清洞の洞内の天井や壁面は、フズリナ、サンゴ、海藻などの化石が天然記念物に指定されている。遊歩道の先の“立入禁止”の立て札から先は、入口で、長靴、ライト付きヘルメットを借りて入る。奥へ進むにつれ、長靴の中まですっかりびしょびしょになってしまう。さすがは、壇の浦で敗れた平家の武将、平景清(かげきよ)が潜んでいたという洞窟だけのことはある。
伊勢市の二見浦にある夫婦岩といえば日の出のメッカですが、実は2008年10月〜2009年2月の満月の日、『夫婦岩からの月の出』が観賞できるのです。お月見はあまり知られていませんが、最近、注目を浴びつつあります。夫婦岩の間から月がほぼ満月で昇るというわけです。10月の見頃は、15日(水) =月の出17:14、16日(木) =月の出17:53、17日(金) =月の出18:39。日の出は大混雑となりますが、月の出はさほど人出もなく、ロマンチックな気分と神秘的な雰囲気が味わえるとのこと。

