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201201240201.jpg 平成24年のNHK大河ドラマは『平清盛』。松山ケンイチ演じる平清盛最大のライバルは源義朝(玉木宏)だが、源義朝は打倒平氏を実現することなく尾張国知多半島(愛知県)の野間で暗殺される。義朝を倒した清盛は、1160(永暦元)年、伊豆国(静岡県)の蛭ヶ小島(ひるがこじま)へその子・頼朝(岡田将生)の配流を命じる。

「そんなわけで、伊豆の国市はNHK大河ドラマ『平清盛』のゆかりの地。源氏復興を願う頼朝が、北条政子と出会う、ロマンスの地でもあるのです」とは、伊豆長岡温泉・古奈温泉「姫の湯荘」のご主人・梅原辰夫さんの解説。

「姫の湯荘の庭にはビオトープがあって、夏にはゲンジボタルが乱舞します。姫の湯荘の建つ古奈姫田は、姫の御領地の意。温泉には頼朝も浸かったというまさに源氏ゆかりの地なんですよ」。

 頼朝のロマンスといえば八重姫と政子。舞台である伊豆の国市を姫の湯荘・梅原さんの案内で取材した。

文化審議会文化財分科会世界文化遺産特別委員会(第23回)が2011年9月1日(木)に開催され、世界遺産推薦候補についての議題が非公開で話し合われた。その結果、富士山と鎌倉を推薦することが本決まりとなった。世界遺産の推薦から登録への道のりは、文化審議会文化財分科会(文化庁の推薦決定)→世界遺産条約関係省庁連絡会議(政府の推薦決定)→推薦書(暫定版)を世界遺産委員会に提出(9月30日締め切り)→ICOMOSの審査→世界遺産委員会で審査・登録の可否を決定(2012年6月)というプロセス。
今回推薦された富士山、鎌倉はともに文化遺産の候補。「武家の古都・鎌倉」は、初めて造られた武家政権の都の構えと、そこで誕生した文化を伝える文化遺産群が対象。当初は「古都鎌倉の寺院・神社ほか」という名称だったが、これでは主旨が弱く登録否決の可能性があるということで、よりグローバルなテーマ「武家の古都」をメインに据えた。建長寺、円覚寺などの鎌倉五山や長谷寺、大仏、鶴岡八幡宮、亀ヶ谷坂、仮粧坂切通、朝夷奈切通などの切り通し、若宮大路(鎌倉時代の幹線道路)、永福寺跡などの寺社遺跡、和賀江嶋(日本に現存する最古の築港遺跡)とその対象文化財は広範。神奈川県ではこれらの世界遺産予定地を歩く6つのモデルコースも用意している。
富士山はかつて自然遺産を目ざしたが、ゴミ問題などが影響して国内の審査段階であえなく「落選」。今回は文化遺産として巻き返しを狙う。 「富士山」は山梨・静岡両県が文化庁に提出した推薦書原案によれば、「日本列島のほぼ中央に位置する富士山と、周辺の浅間神社􏰅御師住宅、霊地・巡礼地である風穴・溶岩樹型・湖沼・湧水、芸術作品の視点場(又は舞台)となった地点から構成される。富士山域の中には山頂の信仰遺跡や登山道などの重要な要素が含まれている。これらの構成資産が一体となった推薦資産「富士山」は、山に対する生きた文化的伝統の物証であり、数多くの芸術作品の題材として描かれた世界的にも著名な神聖で印象的な山の景観の見本である。」 とあり、富士山信仰=富士講の遺跡、登山道、忍野八海、三保松原、白糸ノ滝なども含まれる。

ちなみに世界遺産委員会は、各国から同委員会への推薦を年2件としている現在の制限に加え、通常の文化遺産候補は年1件以下とする数量制限を、2014年登録分から採用する方針を決めている。

現在、日本の暫定一覧表記載文化遺産(世界遺産の推薦を待機中)は、
「古都鎌倉の寺院・神社ほか」(神奈川県、平成4年)
「彦根城」(滋賀県、平成4年)
「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県、平成19年)
「富士山」(静岡県・山梨県、平成19年)
「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」(奈良県、平成19年)
「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(長崎県、平成19年)
「国立西洋美術館(本館)」(東京都、平成 19年)
「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」(北海道・青森県・岩手県・秋田県、平成21年)
「九州・山口の近代化産業遺産群」(福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県・鹿児島県・山口県、平成21年)
「宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県、平成21年)
「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」(新潟県、平成22年)
「百舌鳥・古市古墳群」(大阪府、平成22年)

2011kondoh01.jpg近藤[今藤・根藤・紺藤・今堂・今東・根東・根道・近堂・近東・近棟・近頭・金堂・金道・金銅・金筒]
近藤勇も近藤重蔵もいる近藤さんのルーツ

 近藤勇。天保5年(1834)11月9日〜慶応4年(1868年)5月17日、新選組局長。晩年は幕臣。武蔵国多摩郡上石原の宮川久次郎の三男として生まれ、天然理心流近藤周助の養子となる。幕末、京都警護のため奔走、池田屋襲撃などにより名を馳せる。鳥羽・伏見の戦いにおいて敗れ、流山で再起を図るが、後、斬首される。──辞書にはこう書かれている近藤勇は、節に殉じ、義を取り、生を捨てた最後の武士の一人であった。

201012080101.jpg『鬼平犯科帳』の鬼平こと「長谷川平蔵」という名は本名である。正式には長谷川平蔵諱宣以(のぶため)という、父の宣雄も京都町奉行まで勤めた有能な武士であった。
 天明3年(1783)の浅間山大噴火や大飢饉の後田沼意次が失脚し、天明7年(1787)松平定信が老中に就任。経済不安から世情は乱れ犯罪は凶悪化していくなか、長谷川平蔵が火付盗賊改の長官となったのは、同年10月のこと。以来平蔵は没するまでの8年間に渡って火付盗賊改めを務め上げた。過去、火付盗賊改めという激務を8年も務めた旗本はいない。

201011220101.jpg今年は残暑が長引いたこともあって、紅葉が遅れるとの報道がありましたが、このところ冷え込んだためか一気に色づいてきています。修善寺は11月下旬から12月上旬までが見ごろ。私が訪れた11月12日(金)も多くの観光客が紅葉狩りを楽しんでいました。

ここでニュースです。これまで非公開だった修禅寺の内庭が見学できるそうです。めったに観られないそうなので私も行ってみたい気がしました。修善寺は歴史があるからいいですね。パワースポットもたっぷりです。期日は2010年11月20日(土)〜11月30日(火)です。入園料として200円かかります。

旧天城トンネルは、ちょうどいまが見ごろだと思います。恒例の『猪まつり』が、11月20日(土) 10:00〜15:00 にありました。

201010210701.jpg小川[小河・尾川・緒川・緒河・男川・雄川]
小川さんのルーツは武蔵七党かそれとも清和源氏か

 小川という地名は古くから全国各地に見られる。地名を負う小川姓もまた、古くからそこここにあったと思われる。
 武蔵国多摩郡小川郷(東京都あきる野市)には優良な馬を産する官営牧場の「小川牧(おがわのまき)」があった。坂東の馬は軍馬として大変重宝され、ここで飼育された馬は毎年京都の朝廷に貢納されたという。牧の管理者は次第に勢力を蓄え、やがて武蔵の武士団へと成長していく。
 また、美濃国片県(かたかた)郡に古代の市の一つである「少川市(おがわのいち)」があった。さらに、山城には継体天皇の後裔小川真人(まひと)、丹波には百済系氏族の小川造(みやつこ)の名が見える。

201010160101.jpg文化審議会(文部科学省)は2010年10月15日(金)、高木義明文部科学相に、久能山東照宮の本殿、石の間、拝殿を国宝に指定するよう答申した。静岡県内では国宝の建築物は初となる。久能山東照宮は、徳川家康が死去した翌年、1617(元和3)年に建築された、全国に600あるという東照宮のなかでも最古の東照宮。江戸幕府の大工頭を務めた中井正清の建築。中井家は、初代から3代まで、代々大和守に任ぜられ、初代の中井正清は、法隆寺の大修理、二条城、伏見城、知恩院、内裏、方広寺大仏殿の建築などにも携わっている。

201001310101.jpg池田[池多・池太・池他・活田・生田・溏田・垳田・偽計田・井気田]
数々の有名武将のひとりが池田さんのルーツだろう

「池田さん、あなたの家の家紋は“揚羽蝶”ではありませんか。池田さんは桓武平氏の“蝶”が代表紋なんですよ。この紋は織田家から貰ったものでしてね、備前岡山藩の池田信輝が信長の遊び相手として出入りしているうちに、信長の父である信秀に気に入られて蝶紋の麻裃を貰ったことに由来するんですよ」と、もうかなり酒を飲んでいた私は、いつもの居酒屋で隣り合わせた池田さんに言うのであった。
 ところが池田さんはきょとんとして、「いえ、ウチの家紋は菊水ですよ」とあっさりと言う。「ああそうですか、まあ、その──」と私は少ししどろもどろになりながらも、「菊水は楠木氏の家紋でしてね、勿論その流れの池田さんもいるのですよ」と答えるのであった。それから何とか感心してもらおうと、「池田さんの家紋には、“祇園守”というのもありましてね、これはキリスト教の十字架を家紋としたものでして──」。
 と、よけいなこと言ったものだから、池田さんは少々びっくりした様子で、「では池田家は、隠れキリシタンだったんですか?」と目を丸くするのであった。私は酒を飲むとやたら調子に乗って話す癖があるのが自分でも困る。

■三十三間堂『通し矢』(大的大会)
江戸時代に一大ブームとなった『通し矢』にちなむ大会。全国から2000人が参加する京都の1月の風物詩ですが、スタイルは江戸時代の『通し矢』とは異なります。『通し矢』には様々な種目がありましたがその代表が一昼夜に南端から北端に射通した矢の数を競う「大矢数」です。
京でブームとなった『通し矢』、江戸っ子が見過ごすはずもなく、実は1642(寛永19)年、浅草に弓師備後が江戸三十三間堂を建立しています。1701(元禄14)年、富岡八幡宮の東側に移転していますが、京同様の『通し矢』が行なわれました。明治5年に廃寺となり、現在、その場所(東京都江東区富岡2-4地先 )には「三十三間堂跡モニュメント」が建っています。
京都市の三十三間堂で『通し矢』

35/40/5.175,139/48/16.33
ここに江戸三十三間堂が建っていた!

■熱海の海岸「今月今夜」/尾崎紅葉祭
「吁(あゝ)、宮さん恁(かう)して二人が一處(いツしょ)に居るのも今夜限(ぎり)だ。お前が僕の介抱(かいはう)をしてくれるのも今夜限、僕がお前に物を言ふのも今夜限りだよ。一月の一七日、宮さん、善(よ)く覺えてお置き。來年の今月今夜は、貫一は何處(どこ)で此月(このつき)を見るのだか!再來年(さらいねん)の今月今夜……十年後(じふねんのち)の今月今夜……一生を通(とほ)して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ!可(い)いか、宮さん、一月の一七日だ。來年の今月今夜になったならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇ったらば、宮さん、貫一は何處かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いて居ると思ってくれ。」(尾崎紅葉『金色夜叉』)
金色夜叉といえば思い出すのが「熱海海岸の場」。間貫一が「僕の涙で必ず月は曇らして見せる」といったのが、1月17日です。熱海海岸の国道135号脇にはお宮緑地が整備され、貫一お宮の像も立っています。宮を足蹴にして立ち去るシーンをそのまま像にしており、後世、女性蔑視との批判も生じました。下駄を履いた貫一が宮を蹴っているシーンですが、これは当時上演された舞台のワンシーン。原作の挿絵では貫一は靴を履いています。『金色夜叉』など知らない現代では、バスやマイカーの車窓からこの像を見て「お母さん、お兄ちゃんが女の人を蹴っ飛ばしているよ!」と驚く子供も多いとか。
お宮の松
熱海市のお宮の松で『第68回尾崎紅葉祭』

■十日戎(十日えびす=初えびす)
おもに西日本のえびす神を祀る神社で、1月10日に齋行されるのが『十日戎』。前日の1月9日を宵えびす、1月10日を本えびす、11日を残りえびすと称しています。笹に縁起物を吊したものを販売する露店が出ます。十日戎を象徴するのが、神社から授与される小宝で、「吉兆」(きっきょう)と呼ばれています。西宮神社では『十日えびす』の「本えびす」の朝、4:00〜『開門神事福男選び』(開門神事)が行なわれます。これは毎年テレビのニュースに必ず登場しますね。
大阪市の今宮戎神社で『十日戎』
東大阪市の布施戎神社で『十日戎』
長浜市の豊国神社で『十日戎』
福岡市の十日恵比須神社で『正月大祭』
京都市のゑびす神社で『初ゑびす』(十日ゑびす大祭)
佐賀市の佐賀恵比須神社で『十日恵比須』
丹波市の八柱神社で『えびす祭り』
茨木神社で『十日戎』
京都市の八坂神社で『祇園のえべっさん』
綾部市の熊野新宮神社で『綾部初えびす大祭』
大阪市の堀川戎神社で『十日戎』
大洲神社で『えびすまつり』(十日えびす)
徳島市の事代主神社で『えびす祭』
西宮市の西宮神社で『十日えびす大祭』
堺市の菅原神社で『戎祭』
伊万里市で『招福伊万里えびす祭り』
佐川町の恵美須神社で『えびす祭り』(佐川十日えびす)
淡路市の事代主神社で『十日戎』
淡路市の石屋神社で『十日戎』
東大阪市の石切劔箭神社で『十日戎祭』
宮津市の智恩寺で『文殊堂十日えびす』
伊勢市のおかげ横丁で『十日戎練り歩き』
中津川市の西宮神社で『例祭・十日えびす』

■初金比羅
毎月10日は金比羅様(こんぴら)の縁日。1月10日は初金比羅となります。
金刀比羅宮で『初十日祭』(初こんぴら)
八王子市の子安神社で『初金刀比羅』
安井金比羅宮で『初金比羅祭』
越前町の金刀比羅山宮で『初金刀比羅祭』
虎ノ門金刀比羅宮で『初こんぴら祭』

■初庚申
「庚申」とは「かのえ・さる」で60日に1回巡ってきます。2010年は1月10日が初庚申、3月11日が二庚申、5月10日が三庚申、7月9日が四庚申、9月7日が五庚申で、11月6日が納庚申となります。
南丹市の京都帝釋天で『初庚申』
浜松市の庚申寺で『初庚申大祭』
大阪市の四天王寺で『初庚申』

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