日本平西麓の丘陵に整備された動物園。広さ約12haの敷地内に、約180種700頭羽あまりを飼育している。レッサーバンダとオオアリクイの国内血統登録を担っていて、とくにオオアリクイは国内随一の繁殖成績を誇っている。また、立ち上がるレッサーバンダとして有名になった千葉市動物公園の風太君は、この動物園で生まれたのだ。園内には「は虫類館」や「こども遊園地」も併設している。
由比町の西のはずれ、西倉沢の集落からミカン畑のなかを続く細い農道を登りつめると薩垂峠(さったとうげ)。眼下に「東海の親不知子不知」(おやしらずこしらず)と呼ばれる海岸線、眼前に富士山という眺望が広がる。海岸線には東名高速道路も走るが、江戸時代、東海道随一といわれた景勝は、今も昔とほとんど変わらない。富士山が見えやすいのは2月頃。
由比本陣公園内に建ち、世界で唯一歌川広重(安藤広重)の作品を展示する美術館としてオープンした。メインはなんといっても広重の浮世絵。浮世絵展示室では、収蔵数約1200点にものぼる膨大な版画のコレクションを、数週間ごとに展示替えしている。『富士三十六景』や『東海道五十三次』55枚など、すべて本物で必見だ。ほかに、由比の自然や歴史についての展示も行なっている。また、オリジナルグッズの販売もある。
江戸時代、東海道の宿場町として栄えた由比。往時には、本陣、脇本陣を中心に、旅籠が建ち並んでいたという。東海道筋のなかで由比は、本陣の敷地が唯一当時のままに残されている町。現在、本陣の跡地一帯は、公園として整備されている。正門、石垣、由比本陣記念館を兼ねた離れ館の「御幸亭」などが復元され、小堀遠州作と伝えられる庭も見事だ。敷地内には、ビジターセンターである東海道由比宿交流館、歌川広重の作品を展示する「東海道広重美術館」も併設。
由比本陣公園の向かいにある、江戸時代の兵学者、由井正雪の生家と伝えられているところ。建物の奥には正雪の遺品を祀ったという小さな祠も残る。老舗の紺屋(こうや)で、築200年以上という店の入口には、正雪紺屋と染め抜かれた本藍染めの暖簾がかかる。昔のままの道具や仕事場が残された貴重なもの。個人の家であるため、見学ができない場合もある。藍染の手ぬぐいで500円〜。
わさび漬の元祖で、創業以来240年を数える老舗。わさび漬の起源は、おそよ240年前、徳川9代将軍家重の時代、初代田尻屋利助が考案したという。静岡山中で育ったツンと辛みがあるわさびを粕漬けにし、日もちをよくするという利助の工夫も、街道みやげとしてヒットした理由のひとつだろう。今でも安倍川上流でとれたわさびを、丁寧に包丁で切り、大きな樽に漬け込んでいる。すべて手作りのため予約をした方が確実。
東海道江尻宿(現在の静岡市清水)のはずれ、久能山へと至る久能道との追分(分岐)に店を構える老舗が1695(元禄8)年創業の追分羊羹。初代が明の僧を助けた折伝授されたのが蒸し羊羹の製造法。小豆のあんに餅米を混ぜ、ねっとりとした独特の舌触りだ。竹の皮に包んで蒸すのは、殺菌効果と同時に竹の香りが羊羹に移って風味も増すから。15代将軍の慶喜もお気に入りだったとか。清水駅・静岡駅のキヨスクでも販売。1棹970円。
大井川水系には、21のダムと10の発電所がある。そのひとつ、中部電力井川発電所は、昭和32年9月に運転を開始。井川展示館では、その水力発電の仕組みやダムの役割、大井川の自然と電気の関係などを、資料や映像を使ってわかりやすく解説している。2階の展望フロアは、ガラス越しにダムを眺めながら、持参した弁当を広げるのにもってこいのスペース。屋上には、ダム湖を一望する30倍の双眼鏡も設置している。
静岡市用宗(もちむね)から、焼津市浜当目(はまとうめ)に至る全長約4kmの海岸。富士山の大沢崩れ、静岡市安倍奥の大谷崩れと並び「日本三大崩れ」に数えらる景勝地だ。玄武岩の断崖絶壁が続き、筍岩、車岩などの奇岩がそそり立つ断崖に沿って走る国道150号からは、富士山や伊豆半島、御前崎まで素晴らしい眺望が広がる。しかしカーブが連続し、落石事故も起こる難所でもあるので、運転の際にはくれぐれも注意を。
宇津ノ谷峠の手前、旧東海道の面影を色濃く残す宇津ノ谷集落にある、かつての立場茶屋。1590(天正18)年、豊臣秀吉の小田原城侵攻の折りに与えられた陣羽織を、一般公開している。秀吉の陣羽織が汚れているのは、その後参勤交代で峠を通る諸大名がここに立ち寄り、立身出世にあやかるためにこの陣羽織に触れたため、との記録も残されている。ほかに、徳川家康が鷹狩で立ち寄った際に贈った茶碗なども収蔵。









