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1854(嘉永7)年の大地震で建物の大半が損壊した掛川城。1596(慶長1)年に山内一豊が築いた天守閣を、江戸時代の絵図、掛川城を真似て築城しされた高知城などの資料をもとに、平成6年、日本で初めて木造で復元された。外部式望楼を備えた3層4階の天守閣で、1・2階に比べ、4階の望楼部分が極端に小さい。これは、殿舎の上に物見のための望楼をのせた安土桃山様式の名残り。天守閣からは、掛川城下が一望のもとだ。

29歳から17年間、青年期の徳川家康を育んだ浜松城。浜松城主となることが、幕閣への登竜門だったことから、別名「出世城」とも呼ばれた。野面(のづら)積みという、一見無造作に積まれた石垣の上に、壮麗な天守閣が築かれているが、この天守閣は、昭和33年に再建されたもの。城内には、鎧や刀剣など、多数の展示物がある。また周辺は浜松城公園として整備され、春にはソメイヨシノが咲き誇る。

同じ掛川市にある高天神(たかてんじん)城が武田方に奪われた後、徳川家康が城攻めの拠点として築いたのが、横須賀城。大須賀市街の西の丘陵地帯にあり、山城から平城へと移る、中間期の平山城。完成は1576(天正4)年と1580(天正8)年の2説ある。初代城主は、徳川家康の家臣、大須賀康高。以来20代300年続いた歴史ある城だが、現在城郭などは残っていない。本丸跡一帯が史跡公園になっており、自由に散策が楽しめる。

かつての武田信玄と徳川家康の攻防の地、小高い能満寺(のうまんじ)山に建つ城跡。一帯は能満寺山公園として整備されている。1568(永禄11)年に武田信玄が砦を築き、1578(元亀2)年に修築して小山城(中世当時は平城だった)とした場所。近郷一望の展望台である天守閣が建つ。かつての三の丸跡に近年復元されたこの天守閣は、愛知の犬山城がモデル。1階・2階が史料展示室、5階の天守閣が展望台となっており、南アルプスや富士山、牧之原台地が一望のもとだ。

二重の堀と美しい石垣に囲まれた、市民憩いの場。かつて徳川家康が築城、余生を送った駿府城の跡で、日清戦争後の明治29年から終戦まで、静岡歩兵第三十四聯隊の兵営があった。兵舎建設の際に本丸、二の丸などが埋め立てられており、現存しない。現在は二の丸東御門と巽櫓(二の丸の東南角に建てられた三層ニ重の隅櫓)が復元されている。また昭和44年に堀底から発見された鯱は、1635(寛永12)年11月29日の火事で堀に崩落した東御門の鯱と推測されている。公園の中央には、徳川家康の銅像も立つ。銅像の横にあるミカンの木は、慶長年間に紀州徳川家から家康に献上された鉢植えミカンを家康が駿府城本丸内の紅葉山庭園に植えさせたもの。ツツジの公園としても知られており、5月上旬から下旬にかけて、約1万本のツツジがいっせいに咲き揃う。また公園内には、4つの異なる趣向を凝らした日本庭園と、本格的な茶室を備えた「紅葉山庭園」があり、庭園を眺めながらお茶をいただける。残念ながらこの庭園、往時の紅葉山庭園の復元ではない。

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