創建は神代の昔という、遠州きっての古社。「遠州の小京都」と呼ばれる森町の本宮山南麓にあり、鳥居から拝殿への参道には、樹齢1000年以上の杉並木が続く。大社造りの拝殿は、明治19年再建のもので荘厳な雰囲気。祭神の大国主命は国造りの神だが、同時に福徳の神でもあり、商売繁盛、良縁成就の祈願に訪れる人が多い。「古代の森」と称するうっそうとした境内は、1月下旬〜2月中旬の梅、3月下旬〜4月上旬の桜、4月中旬〜4月下旬のミヤマツツジ、5月下旬〜6月中旬の花菖蒲など、四季折々の花が楽しめる。
社伝によれば、701(大宝元)年、文武天皇の皇后が聖武天皇の出産の折、紀州熊野権現の本宮を遷して建立したという古社。戦国時代に焼失後、天正年間に初代横須賀城主・大須賀康高が再建した。現在の本殿は1855(安政2)年のもの。子授け、安産、縁結びにご利益があり、「延宝7年(1679)寄進」と刻まれた狛犬は必見。また毎年4月第1金・土・日曜に開催される三熊野神社大祭では、13の字町から祢里(ねり)が町中を引き回される「祢里行列」が見ものだ。
関八州の総鎮護社。創建はあまりに古く定かでない。伊豆大権現、走湯大権現と呼ばれ、伊豆山温泉の守護神としても信仰を集めた。源頼朝と北条政子ゆかりの社として名高い。頼朝は絶望的な状況のなか、伊豆大権現に源氏再興の祈願をするが、満願成就となって「社領四里四方、海上見渡す限り」という領地を与えている。また源頼朝と北条政子が逢瀬を重ねたことから、縁結びのご利益があるといわれる。政子は境内にある梛(なぎ)の木の葉を鏡の下に敷いて愛を祈ったことから、コンパクトの中にこの葉を入れるなどしてこの葉を所持すれば、良縁に恵まれるといわれている。境内からは熱海市街や相模湾を一望のもと。また周囲は「子恋の森公園」として整備され、緑豊かな森の散策を楽しむこともできる。
全国に散らばる1300余りの浅間大社(せんげんたいしゃ)の総本宮で、祭神は木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)。富士山8合目以上は浅間大社の所有だ。富士山の山霊を鎮めるため、806(大同1)年に建立されたと伝えられ、東海地方最古の社でもある。浅間造りの本殿は、1604(慶長9)年に徳川家康によって造営されたもので、国の重要文化財。当時の建物で現存するのは本殿のほか、幣殿、拝殿、楼門。平安朝の歌人平兼盛が「つかうべきかずにをとらん浅間なる御手洗川のそこにわく玉」と詠んだ湧玉池は富士の湧水が湧き出す池で特別天然記念物。富士登山者はこの水で清めてから山に向かうのが習わし。
古くから伊豆国一の宮として、信仰を集めた古社。『日本書紀』にも登場し、源頼朝が源氏の再興を祈願するなど、多くの伝説が残っている。伊予大三島の大山祇神社が三宅島(富賀神社)に遷座したという伝説もあり創建は定かでない。御祭神は、大山祇命(おおやまつみのみこと)、積羽八重事代主神(つみはやえ ことしろぬしのかみ=恵比寿様)。広大な境内には、うっそうとした森、神の使いといううなぎが安住する神池、重厚な社殿群などが点在。1866(慶応2)年再建の本殿は、総欅素木造り(そうけやきしらきづくり)で国の重要文化財。名工・小沢半兵衛による彫刻も見事だ。また宝物館では、北条政子奉納の国宝『梅蒔絵(まきえ)手箱』のレプリカ(実物は東京国立博物館に寄託)や国指定の重要美術品の『三嶋本日本書紀』などが観賞できる。三島市最大のイベントである三嶋大社例祭は、8月15〜17日に行なわれる。
駿河の国の総社。静岡駅から北へ2km、賎機山(しずはたやま)の南麓にあり、神部神社、浅間(あさま)神社、大歳御祖(おおとしみおや)神社の3つを総称して浅間(せんげん)神社と呼ぶ。徳川家康が元服した場所もここだ。徳川幕府の保護も厚く、現在の社殿の多くは、1804(文化1)年から60年余りの歳月をかけて造られたもの。本殿、拝殿、舞殿、回廊、楼門は、すべて漆塗りに極彩色が施され、重厚な造りだ。26棟の建物が国の重要文化財に指定されている。楼門の「水呑の龍」「虎の子渡し」の彫刻をはじめ、社殿には彫刻美術館といえるような見事な彫り物が施されている。また、二層部浅間神社の裏山には、賎機山古墳もある。

