武田神社

大正8年、武田信玄を祭神として創建された神社で甲斐の国の総鎮守。場所は武田信虎、信玄、勝頼の武田氏3代、63年間の居城であった、躑躅(つつじ)ヶ崎館跡。1575(天正3)年に長篠の合戦で大敗した勝頼が、館を捨て、新府城に移るまで武田氏の政治的な中心だった。周囲には、高さ3.6mの土塁、その外側には堀が築かれている。本殿横の「宝物殿」には、国の重要文化財で三條家より寄進された「吉岡一文字の太刀」や、信玄が陣中で使ったという軍扇(戦国時代)、江戸中期に描かれた『武田二十四将図』(江戸中期)などを展示。境内には睦沢(むつざわ)村亀沢(現甲斐市亀沢)に明治12年に建てられた藤村式学校建築の旧睦沢学校校舎が「甲府市藤村記念館」として移築保存されている。また社殿の背後には、「お屋形様の散歩道」、御隠居曲輪南スポット公園などもあり散策に絶好。ちなみに「御隠居曲輪」は、信玄の母・大井夫人が住んだと伝えられる曲輪。

ここに注目!
  • 『風林火山』ゆかりの地
  • 祭神は武田信玄で甲斐の国の総鎮守
  • 信玄の居館だった躑躅(つつじ)ヶ崎館の跡

特ダネ情報!

御祭神は『風林火山』で有名な武田信玄。「人は城、人は石垣、人は堀」と『武田節』に歌われたように信玄は、領地に中世的な城すら持つことがなく、躑躅ヶ崎館を政治的・軍事的な拠点とした。甲府駅方面から武田神社にやってくるとまず神橋で堀を渡るが、これが躑躅ヶ崎館時代の堀割。神橋から拝殿へと真っ直ぐに参道が延びているが館時代には現在の「宝物殿」の東側に大手門が配されていた。大手門を入った宝物殿あたりの東曲輪と本殿のある中曲輪は信玄時代からの曲輪。「甲府市藤村記念館」の建つ西曲輪と北曲輪(味噌曲輪と御隠居曲輪)は勝頼時代の増設。境内に残る「姫の井戸」は、躑躅ヶ崎館の生活用水のひとつで、信玄の娘が誕生の際、産湯として使われたことがその名の由来となっている。また「茶の湯の井戸」とも呼ばれ、戦国時代には茶の湯のたしなみが重要視されたが、信玄は京から茶人を招いた際にこの水で茶を点てたという。井戸の底から、茶釜が発掘されたことでもそれが裏付けられている。「姫の井戸」の水は延命長寿、万病退散のご利益があるとされ、自由に「お水取り」することができる。神符授与所で特製のペットボトルを授与してくれる。

武田神社(たけだじんじゃ)

問い合わせ先Tel 055-252-2609
Webサイトリンク
住所山梨県甲府市古府中町2611
マップコード59 639 798
営業時間参拝自由、宝物殿は9:30〜16:30、祈祷受付は9:00〜16:00
その他料金宝物殿は大人300円、小人150円

アクセス(車で)中央自動車道甲府昭和ICからアルプス通りを甲府市街方面へ3kmで富士見通り南交差点。さらに富士見通りを北に1km走った富士見通り北交差点を右折、県道6号(山の手通り)を1.5km走った武田交差点を左折、武田通りを1km(甲府昭和ICから30分)
駐車場(収容台数)100台
駐車料金無料
駐車場(備考)小学校隣接地のため運転に注意
マップコード59 639 798
アクセス(電車で)JR甲府駅から山梨交通バス武田神社行きで8分、終点下車

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